◆ものの貸し借り

わたしはつきあいがわるい。趣味の音ゲー関係の催しすらも断って断って断って……来なくなったと思われたころにちゃっかり参加してしまう厄介者である。職場ではいっそうそれが強く、去年ひらかれた自分の新人歓迎会すら前日(当日朝だったかもしれない)にキャンセルするという、ドのつく社会不適合っぷりをに見せつけてしまった。

そのつきあいのわるさが、ほんの少しだけ変わるきっかけがあった。秋の入り口にさしかかったころだろうか。職場の先輩がそっと声をかけてきて「よかったらお話しませんか、こんどお食事でも。」アドレスを渡してくれたのは。用心深い性格がわざわいして、だいぶ経ってから食事をした。聞くのも話すのもじょうずなひとだった。わたしのゆっくりとした脳の速度とことばに嫌な顔ひとつせずついてきてくださり、ありがたかった。話のなかで本を読むひとだとわかり、貸し借りすることになった。わたしは某精神科病院に長期入院する当事者・時東一郎(仮名)のノンフィクション『精神病棟40年 (宝島SUGOI文庫)』を貸した。小説のような語り口で書かれていて読みやすく、内容も当事者ならではの濃度があり、いい作品だった。とくに青春がぽきぽきと折られていく若い頃の描写がたまらなかった。彼女からは相模原障害者施設殺傷事件を元に辺見庸が描いた小説『』を借りた。本にまつわるお手紙までつけてくださり、とてもうれしかった。

本の話をやりとりしていると、ものによってはそのひとの生きてきた道筋や考え方がにじみでてくる。それはわたしが話しているときもきっとそうで、1年と少ししかいない職場のひとでも、世界がぐっと広がる感じがする。彼女と自分で近い境遇もあり、いつもはスマートできっちりとした彼女の後ろに、うぞうぞと黒くうごめく歴史が刻まれていることもわかる。どこか遠い存在のように感じていた彼女を、ほんのすこしだけ近いものに思った。

Amazonも実店舗も図書館も、本を手にとるときにそういった感銘はない。これはにんげんとにんげんが直接やりとりをするからこそ、生まれてくる感触なのだ。彼女にかぎらず本にかぎらず、またこういう機会があったらすてきだ。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。Amazon、店舗、図書館、ひと、それぞれのよさがあります。交換した本はこちらです。どちらも暗い感じです。

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