日曜朝。Amazonがなかなかこない。いつもの人だと、午前着で指定すれば比較的早いタイミングにやってくるはずなのに。状況を確認すると「デリバリープロバイダ」という見慣れない業者の名があった。地域の配送業者を一括りにした呼び名らしい。 過酷なる運送業界の現状を見かねて、従来の配送を撤退する業者が増えている。これを受けて別業者に配送を依頼することとなったのは、想像に難くない。調べてみると、真偽はともかく、なかなか手厳しい意見が多い。

ほどなくして、インターホンが鳴った。「遅くなってすみません。」ひとのよさそうなおじさんだった。「荷物が今日は多くて……。」給料日後の日曜だものな、と思った。わたしはいつ配達がきてもこまらない輩なので、気まぐれに日曜に時間指定したことが申し訳なくなった。

包むのも配送するのもにんげん、要するに誰かの時間をもらっているのだから、洗剤1本とか歯ブラシ3本セットだけとか、 そういうむごい注文はしたくない。ちょっと考えるとわかるのだけれど、これは包むほうも届けるほうも、そして開けるほうも重労働である。洗剤1本にぎょうぎょうしい緩衝材とダンボール、剥ぎづらいテープ、ごみの回収曜日。ダンボールを処理するときの音が嫌いなので、想像するだけでストレスがたまった。とても現代社会におけるにんげんの時間の使い方とはおもえなかった。スマートじゃなさすぎる。

そういうわけで、Amazonの使い方を見直した。もともと頻繁に頼むわけではないのでダンボールを出す日にあわせて頼むとか、確定ボタンを押したあとに「頼み忘れた」ことに気づいて注文してしまわないようにするとか、それくらいのものだ。Evernoteにチェックリストをつくり、なじみの品を羅列する。隔週ないし月一でチェックして注文し、ダンボールを捨てる前の日までに(わたしは暇な社会人なので、できるだけ平日に)配達指定しておく。これだけだ。

たいして注文もしない、いちプライム会員の変化にすぎないけれども、包むひとと届けるひとの時間が過剰にうばわれないことを祈る。なにげなく利用しているものごとのうしろに立っている、見えないにんげんのことを忘れずに生きたい。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。「相手が機械なら気を遣わなくていいのか」と問われると、これもむずかしい問題です。調子に乗って頼みまくっていると機械を動かす電力や企業側の技術力にお金が発生して、配達料や会員料金が上がって、使いづらくなって……という連鎖もかんがえられます。むしろにんげん媒体の今がそうなっていないのがふしぎで、社会のもついびつな影のひとつのようにおもいます。