きのう発売した真鍋昌平の短編集『アガペー』を読んだ。ここから感想を語り始めると止まらなくなってしまうので、きょうはいちばん心に響いたことだけを書こう。

『アガペー』は真鍋作品にしては珍しく、各作品のあとがきが設けられていた。なかでも目をひいたのは2011年の地震で被災し、東京へ避難した父子が郷里に戻るエピソードを描いた「おなじ風景」のものだ。

海沿いはすさまじい風景だった。流された家の跡地でうずくまってずっとずっと身動きしない青年の姿が頭にこびりついた。ニュースやツイッターで流れる情報じゃなく皮膚感覚で取材することに決めた瞬間だった。

『アガペー』あとがき

これまでに何回か書いているけれど、わたしは今の仕事に就いているのも旅行をするのも「知りたい世界に身を投じること」を大事にしているからだ。もちろんアトリエに通うことも、本であの場所を知るだけでは飽き足らず、じぶんの五感をとおして知りたいという動機がある。だから通う。

この「皮膚感覚」ということばが、すっと胸にしみこんだ。わたしは真鍋先生の取材の濃度や感受性は持ち合わせていないけれど、これからより一層、世界に自分の身を投じることを厭わず、きちんと考え、生み出す責任を持たねばと気を引き締める。インターネットでいろいろなことを調べられる時代だからこそ、直接足を運んで五感で味わうことの重要性は増す。

にしても、作品ごとのあとがきを読んでいると真鍋先生の人ないし社会への関心の高さをうかがい知ることができる。漫画を描く動機を尋ねられたとき、酔いどれの状態で「魂を救うために描いてる」と答えたそうだが、あながち嘘ではないような気がしている。また先生は「ドラえもん」を読んで漫画家を志したというが、最近はその真意というか、描くものがちがっても社会や人に対する、表現にたいするきもちは藤子・F・不二雄先生と通底しているところがあるように思えてきた。拙い作品を生み出す自分自身も、このことばを胸に刻んで生きていこう。

作品は量じゃない。どれだけ心を込めたか。

『アガペー』あとがき

今日も読んでくださり、ありがとうございます。今後も生きる糧として、先生の作品と走っていきたいとおもいます。

さて、『アガペー』は真鍋ファンでなくても読みやすく、現代に生きていればどれかひとつはなんとなく、響くものがあるような気がしますので、宣伝しちゃいます。ぜひ読んでみていただきたいです。近い人は、貸しますので……(必死)。