なんと、今日もふくやのめんたいこの話ではない。それよりもショッキングなことが起きてしまったのである。弁当箱が壊れてしまったのだ。実家に余っていたのを適当に持ってきたのでとりたてて気に入っていたものではないのだけれど、やはり毎日使うものは愛着がわいてくるのか、かなしいきもちなった。
ふたの爪が折れた弁当箱と向かい合って、考える。たちまちかなしみは吹き飛び、かわりに不安が胸を覆いはじめた。
「次の弁当箱をどういうふうにするか、ぜんぜんきめていない。」
朝のエッセイ「おきてねむる」をはじめてから何度か書いているけれど、わたしは予定や準備が安心材料であり、急な事故への対応力がからきしない。弁当箱の爪が折れてこうなのだから、うっかり車に轢かれたときにどうなってしまうのか想像がつかない。不安でいっぱいになることはわかるが、その先が霧がかかったような感じでこわくなってきたので、考えるのをやめた。
折れた爪はもどらないので、次期弁当箱候補について考える。弁当箱はしごとのある日に、さらにおかずの余っているときはアトリエの日にも活用するので、最大週5日活躍するアイテムだ。それくらい時間を共にするものならば、当然デザインは重要だ。さらに機能性が高く、毎日使っても飽きないことが条件になる。もちろん、ふたの爪が折れて壊れたので爪ありの輩は除外する。ためしに「弁当箱 おすすめ」で検索すると、暴力的と呼んでもいいほどの候補が出てきた。現代人のライフスタイルが多様化していることがわかり、そっとブラウザを閉じる。さすがに上の記事から順に読む気力はないので、もう少し条件をつけることにした。
どんなものがよいか思いを巡らせた結果、浮かんだのがこれである。

「使う機会なんかないくせに、やたらと男子がほしがる」という形容詞があてられがちなブツ、サバイバルナイフである。弁当箱もこれと同じように、弁当箱以外の活路を見いだせるものにしたい。「多機能」というのはものをたくさん持ちたくないわたしのような輩にとって、たいへん魅力的な「ブツ」なのだ。
条件が揃ってひとまず安心したものの、果たしてそんなものが存在しているのだろうか……。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。ふくやのめんたいこの話は明日します。もちろん、今日という日に何もおこらなければですが……。