◆ミャンマーの山奥から学ぶひとりごはん手法

世界の辺境とハードボイルド室町時代」という、辺境国家を取材するノンフィクション作家・高野秀行さんと日本中世史の研究者・清水克行さんの対談を読んでいる。内容としては2019年春現在、未承認国家であるソマリランドと、室町時代の人の暮らしや考え方に共通するポイントがあるわね、という話から、高野さんの辺境巡りの中で印象深かったエピソードから日本中世・近代の暮らしとの類似点や相違点を清水さんが広げていくというふうに、多岐にわたる。対談のためか読みやすいし、専門用語もていねいに註が附してあって親切な設計となっている。また、まったく異なった専門領域をもつおふたりの対談なので、お互いの領域に新鮮な視点が入り込んで斬新な解釈がうまれることもある。まえがきにあるように「タフでカオス」な世界がふんだんに盛り込まれている。

さて、今回取り上げたいのは高野さんがミャンマーの山奥の少数民族の村を訪れたときのエピソードだ。雑炊を一日三食食べるひとびとの話である。

そこは雑炊しか食べないんですよ。葉っぱ入れたり、ネギ入れたり、たまに結婚式とか子どもが生まれたとかっていう祝い事があると、豚や鶏をつぶして入れたり。でもとにかく雑炊(笑)。もう見るのも嫌になるくらい雑炊が続くんです。

でも、辺境の料理にはそれなりの意味があるんです。というのも、何しろまずどの家でも鍋が少ないんですね。そうすると、とにかく鍋一つでつくって食べられる料理っていうのはすごく楽なんですよね。

それに雑炊にすると、おかずをつくる必要がない。ただでさえ労働で疲れているのに、ご飯とおかずで二回も煮炊きするのは大変でしょ。その点、雑炊だと、煮炊きは一回で済むし、燃料も一回で済むわけですよね。

世界の辺境とハードボイルド室町時代(P.110) ※適宜省略部あり

ものごとにはしっかり理屈があるのだということを再認識できたエピソードであった。さいきんは歴史の本をいろいろ読んでいるのだが、なんとなく起こった事件や戦争というのはまずない。しっかりそこに至るストーリーがあり、結果として何かが起きるのだ。この理屈がわかると、歴史でもプログラミングでもなんでも、おもしろい。

と同時に、これを「つくりすぎ」の自炊──とくにひとりのときの──に応用できないものかと考えた。また「燃料も一回で済む」というエネルギー節約の箇所にも感銘を受けたわたしは、そこもじょうずに取り入れたかった。さすがにこのまま毎晩雑炊を採用するのはけわしいので「どの家にも鍋がひとつしかない」というところに着目し、使う鍋の数に制限を設けることにした。

ふだん使う鍋は最大3つと決めているのだが、ひとりのときはふたつに絞ることにした。これにより並行作業が制限され、作る量もエネルギーも抑えることができる。

さっそく今週取り組んでみると、いつもの癖で「もうすこしつくったほうがよいのではないか……」と感じてしまった。だが、同じものを連日食べるつらさを思えば、制限プレイのひとつとして前向きに取り入れたい。こまったらゲームっぽく、はここでも健在である。

読んでくださり、ありがとうございます。ちょうど雑炊の箇所に差し掛かったのが今週あたまだったのでジャストタイミングでした。

世界のごはん事情からゴールデントライアングルのドラッグ事情まで幅広く取り扱っている本書は、なかなかの奇書といえるかもしれない。とてもおもしろいです。

コメント

  1. […] 一方、ひとりごはんは「ひとつ減らす」運動で質量ともに安定を図っていきたい。ということでもう少し食費記録は続けていく。4/30現在すでに大連休に突入しているがふだんどおり食事 […]

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