1月10日。新年初アトリエ。「4日にいきます」とFacebookに書いたけれど、ゲームに熱が出てしまい、みごと忘れていた。おまえはそういうやつだよな。

しごとはじめの週だったのか、つかれていた。行くかどうかもだいぶ足踏みしていた。しかし、アトリエは行かずに後悔したことはあっても、行って後悔したことはない。だるかろうと寒かろうと行こう。扉をあけた。

なにもうかばない。鉛筆を走らせても、ろくなものは出てこない。合評にも出さなかった。ろくでもない。ろくでもないけれど、捨ててしまうまえにここには上げるという記事の下書きがあったけれど、もう2月の1日、いったい何を載せようとしていたのか、わからない。

絵はいまいちだったが、会話はできた。日常適合用の仮面をぬぎすて、話したいことだけが出てくる。以前相談したイヤホンのことも、気にかけてくださっていたのかカタログを見せてもらった。

1月31日。うってかわって元気だ。17日の外来でしっかり先生と話せたことが大きいのかもしれない。相変わらず睡眠は不安定だが、ここ最近、こころの調子はいい。

さっそく、外来の相談を聞いてくれた方にお礼を言った。「とんでもない、みかげさんの力ですよ。」ひかえめに彼女は言った。「あなたに引き出す力があったからうまくできたんです。」と返した。彼女が与えてくれたきっかけは大きい。思えばこのアトリエも、先生の指導で自分の表現を見つけていくのではなく、みなさんが内に秘めた力を引き出すことばかけをしているだけだという。ソクラテスの産婆術とよく似ていて、そんなところに惹かれて、哲学かぶれだった当時のわたしはこのアトリエを選んだのだった。思い出す。

今日は手伝いをすると決めていたので、画材は持ってこなかった。とことん手伝いだけをして、みんなと話しておしまいになった。ひさしぶりにボランティアらしい過ごし方をしたと思った。

合評で、文字のコラージュを見た。びりびりと衝撃が走った。これをやってみたい。つかう素材も瞬時に思い浮かんだ。二番煎じもいいところだが、やってみようと思う。

合評を見ているとき、前に薬の話をしたひとに「もしかして眠れていない?」と聞かれた。たしかにかんぜんな不眠とはちがうけれど、夢かうつつかわからない覚醒が続いていて、眠った心地になれない日がある旨を伝えた。彼は親身に話を聞いてくれて、マインドフルネスのときにつかう森の音が出るアプリ「calm」を教えてくれた。SHUREのイヤホンから伝わる森の鼓動は、とても、穏やかだった……。まぁ、結局その日は中途覚醒したのだけれど……。

そのあと、メンバーと(メンバーと、という言い方もどうなのだろう、と思うことがある。メンバーである前に、彼で、彼女なのだ。)ごはんを食べて帰った。彼らからはアトリエに来たきっかけや今のアトリエ事情など、あまりにもいろいろなことを聞いた。そしてわたしも話をした。薬や発達特性のことも、聞かれたので話した。アトリエのように、訪れるひとびとも病みを抱えているとわかっていれば、じぶんの病気について聞かれるのに抵抗はない。とはいえ、やはり触れられたくない人もいるので、アトリエで病気の話をしているひとはあまり多くない。彼も「障害のことなんかは、アトリエではなかなか話しづらいから」と、口をつぐんでいたという。

わたしが話した中でも、青春とよべるであろう10代の人間関係がゲームセンターの常連から成り立っている話が、すごくウケた。ふだんは決してウケる話じゃあないので(要するに学校に不適応だったわけだ)、やっぱりここのひとたちはいいひとたちだと思った。ゲームセンターの定期券ほしさに難関校(と呼ばれるところ)を受験していたのも、ウケた。「みかげさんは、芯がぶれてないね。」と彼女に言われた。たしかにこれまでの人生の変化を思い返すと、自分で巻き起こしたものは「おもしろさ」か「かっこよさ」のために動いている気がした。ぎゃくに周りを見るとか、合わせるとか、そういう生き方ができないのだろうと思った。

彼らと別れる。雨だ。電車で帰るのが常だが、雨のときはタクシーに乗りたくなる。しかし今月は散財も多かった。31日。歩こう。電車に乗りこむ。駅を出ると、見慣れた人影が歩いているのを見つけた。雨の中を駆け寄り、声をかける。いつもよくしてくれている、近所のともだちだった。とちゅうでコンビニに寄って、おやつを買った。これがおいしいのだなんておすすめをして、ほどなくして別れた。歩いて帰ってきてよかった!とやたら上機嫌で伝えた。今日の経緯を彼は知らないので、たぶんぜんぶは伝わっていないだろうけれど、いいのだ。

帰ってきてから「今日のいちにちって高校生のときみたいだ」と思った。学校がおわって即、ゲームセンターに行って、ゲームセンターのともだちとゲームをしながら他愛のない話をして、誘われたのでごはんを食べて、ちょっとコンビニに寄って買い食いをして、家の近くまでいっしょに帰る。アトリエに行って話をしてごはんを食べて、帰りにちょっとコンビニに寄って……!

高校生。立川の音楽ゲームがいちばんにぎわっていたころ。わたしの原点で、はじめて適応できると感じた場所。楽しかった日々。次々に、当時のことがよみがえってきた。10年前。もうゲームセンターも、そこにいた人々も、「そのままのかたち」では保存されていない。つかのまの感傷。今。

昔の記憶というと、特性上いやなことばかりがフラッシュバックしてしまう。そんななかで輝く記憶を思い出すことができて、とてもうれしかった。それと同時に、アトリエに適応しはじめているからこそ、当時のきらきらした思い出が蘇り、10年を経た今日とぴったり重なったのだと思った。

「精神病院は青春病院」という、アトリエの人が放ったことばがある。入退院をくりかえしたり長期入院をしたりしていると、さまざまなことがあって病棟が青春のフィールドになることがあるという。入院の経験はないけれど、アトリエがわたしの青春時代を思い出させてくれたという意味では、このことばと重なる部分をみとめられる気がした。

読んでくださり、ありがとうございます。今更になって、高校生のときに活発だったmixiを退会しなければよかったなぁと思うも時既に遅し。痛々しい文章が散乱していたと思いますけれど、今、すごく読みたい。