前日の睡眠が遅かったことや疲れもあいまり、とんでもない時間に起床してしまった。9時。一見たいしたことに見えないけれど、ショートスリーパーのわたしにとっては大寝坊である。午前のアトリエは物理的に間に合わないので、あきらめて午後から行くことにした。

その日は、金曜にしては人が多かった。先週とちがって調子もよかったのでイヤホンで雨の音は聞かず、いる人としゃべりつつ作品制作をすすめた。薬の副作用でだるいよねとか、病気になったのが学生のころだったので勉強には心残りがあるとか、とにかくいろいろだ。いろいろな人がここにはいて、そのいろいろの一片にわたしもいる。

ずっと続けているコラージュはなかなかいい広告──要するに裏のありそうな甘い言葉が囁かれているものだ──がなく、皿にいくらを載せたところで止まってしまった。そこによく似た赤いぶつぶつの菌を混ぜて貼ってみた。

画面がよけいに赤々しく。

そのあとは、引き続きマッキーの作品をつくってみたかったのでやってみた。先週つくったものが画面をすべて色で埋めてしまったので、今回は描いた形の「流れ」を意識することと、空白をおそれないことを念頭に制作した。空白をおそれないというのは、わたしの人生全体にいえることで、とにかく起きている時間は「なにかしてしまう」ことへの戒めともいえる。空白をおそれず残しておくことで「なにもしない」をここでも実践したかったのだ。

合評。先週の絵は合評後に描いたので、それと今日の絵を見せた。

どういうわけか先週の絵の反応がべらぼうによく、さまざまな方が感想をくれた。アトリエの最長老ともいえる重鎮の方には「この路線、いいね。」ともったいないお言葉をいただき、ほかにも「ポップですね」「センスがいい」「ふしぎな構造をしている」と好評だった。

2枚めも色々なコメントをいただいたのだが、中でも印象的だったのは「曲線」だった。これについては別記事で描きたい。

双方とも、画面の構成がすごくいいとほめてもらった。もったいなくおそれおおいことばを、ほんとうにここではたくさんもらう。あまり人から褒められた経験のないわたしは、ここにいると自己の存在を肯定されたようなきもちになれる。ここにいていいのだという確認、繰り返しになるけれど、とにかく居心地がいいのだ。それはもう、今の家とおんなじくらい、だ。

夜遅く帰宅した同居人(美術は普段見ない)にアトリエのことを話し、絵をみてもらうと「ぼくも1枚目はなんかイイ気がする」と言った。なんとなくだけど……と自信なさげだったが、絵を見て「イイ」と思うときにりくつが先に出てくる人はそういない。そういうものでいいのだと思う。

読んでくださり、ありがとうございます。この日は手帳をわすれて気が気でなかったのですが、過ごしているうちにやわらぎました。そこにあった紙にアトリエのメモをておいたのですが、せっかくなので載っけときます。