1日かけていろいろなことをしていたので、この日はアトリエの記憶が相対的にうすい。人は少なく、静かな日だったと思う。天候は曇り。山頂に居を構えるこの病院も、日が翳ってここちよい。

完成。あんまり「慾望」っぽさが強調しきれなかったような気もするが、埋め尽くすような絵をはじめて描けたので、よしとしよう。ありものの油性ペンを借りて制作したのだけれど、もしマッキーで絵を描き続けるなら自分用を買ってもいいかもしれない。前にも書いたかもしれないけれど、今までメインにしていた水彩は筆をどこかで失くしてしまって、すっかりモチベーションが落っこちているのだ。自業自得なのだがきもちばかりはしかたがない。

来週からこれを版画にしていく。構成や色をかんがえながら、再構築していきたい。慾望のrebuildだ。

あらたにもう一枚つくってみる。上のが色だらけなので、こちらは黒いマッキーのみのシンプルな色合いでつくっていこうと思う。そのぶん、密度を高くしてバランスをとる。

ところで、絵を描いていると「何をイメージして描いているんですか?」と聞かれることがよくある。残念なことに、質問者の知的欲求を満たせるような答えを持っていないことが多い。

前作(未完)の「ことばを食べる」は「現代社会にばらまかれている甘言に踊らされる人を風刺する」というぼんやりとしたテーマがあり、その付近で指の上に廃墟が浮かび上がった経験も手伝って、廃墟の埋め込まれた牢獄で差し出された甘言を食べ続ける罪人を表現した。

いっぽうで上の「慾望」はなんとなく描きはじめてタイトルは後づけ、今回のものも「前のやつは色いっぱい使ったし白黒にするか」程度の意識しかない。

これは絵が、物書きやほかの生活行動(自炊など)とちがうところだ。従来ならば自分で考えて、敷いたレールに沿って走る。要は筋書きがあるのだ。だが絵はそうではない。まっさらな荒野で、なんとなく気になる方へ歩き歩き、別のところが気になれば寄り道をし、いやになったら置いていく。ルーチンずきなわたしにはめずらしく、きわめて特異なやりかたで絵は描かれている。それがどうしてなのかはまだ、よくわからない。