いちどにやりたいことが3つあるとだめになるという話と、1日に予定を3つ入れるとだめになるという話を書いた。今回は、一旦その結びの記事となる。あきらかに図示したほうがわかりやすく、まんがの描けるひとならまんがで描いたほうがいい内容の気がするが現状描けないので、とりあえず文章にした。

だめになるというのは、前者ならものごとを並行できなくなること、後者なら心身の疲れが限界を超えることだ。前者はすぐにモチベ消失や忘却、失敗というかたちで出てくるのでまだいい。問題は後者だ。

心身の疲れが限界を超えてもわたしは「壊れたエンジン」ゆえ、ガタガタになりながらも稼働しつづけてしまう。楽しいから、うれしいから、やりたいから。あるのはそれだけだ。エネルギーがEMPTYを示していてもなんのその、全身からまだ動くパーツを見つけては脳へ補填し、働き続けてしまう。

いよいよ補給源がなくなると、自分で自分を操縦できなくなる。ハンドルの破損だ。そうなると、テンションの制御ができなくなってしまう。しかも厄介なことに、上がるほうに傾くことが多い。というのも、おそらくエンジンが稼働し続けているからである。

ふつうなら(ここでいうふつうがきちんとわからないのだけれど)たいへんに疲れた夜など、暖かい部屋の隅に敷いたふとんにうずくまり、寝そべっていたいと思うのだろう。しかし、なぜかいつも筋トレの負荷を増やしたり、その日あったことを熱心にメモしはじめたりする。なかでも最悪なのは同居人が家にいるときで、唐突かつ支離滅裂な内容を延々としゃべりつづける。さいわい、同居人はお人好しだがばかではないので「すべての問いかけには必ずしも返答しない」という対処をしている。こういうのにつきあってやるとどんどん混沌に追いやられていくので、まっことただしい。

さて、わたしは睡眠に難があるので、睡眠薬がかかせない。薬が効いてくると勝手に電源が落ちて、修復がはじまる。朝起きてみると、だいぶ醜悪な夜だったと後悔の念がつのる。しかし、まだ疲れが残っているにもかかわらず、なまじ直った部分があるせいで朝からふだんどおりに活動してしまう。料理をしよう、そうじをしよう、読書をしよう、文章を書こう……。そんなことをしていると電池が切れたように、エンジンは急に稼働をやめる。ぱたっと倒れるようにねむってしまったり、一過性のうつ状態が出たりして、ここでようやく「わたし」の墜落がはじまる。限界を超えたところからさらに一歩先へ進むことで、やっと機能を停止するのだ。これが起きるともうだめで、なにもできない。丸一日をしっかり充電にあてることで、通常のサイクルに戻ることができる。この一日で失うものは大きく、失ったこと自体がそのあとの不調につながるパターンもままある。まさに3月の後半はそんなふうで、なかなか立ち行かない日々を送っていた。

問題とあらばなんでも根治したいわたしだが、残念なことにこの「壊れたエンジン」を直すのは不可能である。努力で直るのなら据え置きゲームをきちんと時間で管理して遊べるようになるはずで、泣く泣くぜんぶ売ることはなかっただろう。予定に関しても適量で断ったり休んだりといった対処ができて、ハンドルまで壊れることはない。それができない。とくに据え置きゲームは何度か管理を試みたが、やはり楽しい・やりたいに抗えず、朝になっている。

対症療法的なかんじになってしまうけれど、ハンドルの破損までいくと他人に(ほぼ99%同居人に)迷惑がかかるので、まずここを抑止したい。そのためには上でも書いた能動的な「3」に気をつけることと、以前書いた「強制シャットダウン」が有効だろう。まずは理性的アプローチ、だめなら力業というわけだ。

さいごにもうひとつ、自分の疲れのサインを知ることも、ハンドルはおろかエンジンの暴走を抑えてくれる可能性がある。これについて書くと長くなるので機会を改めるが、とりあえずはその3点に留意して過ごしていきたい……と、言ったそばから「3」にぶちあたっている……。

読んでくださり、ありがとうございます。 自己モニター力の弱さ・過活動・過集中とわたしの特性てんこもりですので、結びの記事だけ精神カテゴリにしました。刺激のあるものはおもしろいのですが、破損を思うと考えもので、なかなかむずかしい課題です。