◆この(自粛)期間に、大切かなと思うこと

 まったく連休らしからぬ連休が明け、緊急事態宣言が月末まで延長される。この、誰もが不慣れな環境がもうひと月続く。情勢を見るにしかたないけれど、ひりついた閉塞感が続くことにはどうしても気持ちがしぼむ。

 前回書いたとおり、わたしは出勤をしているので、リモート勤務をしている方々と比べればその「自粛」度はかわいいものだ。しかしながら、友人や職場の人びと(支援者、利用者問わず)とやりとりをしていると、抑圧される重みと閉塞感は想像に難くない。

 こういうときにどう過ごせばよいのか。無計画な24時間は妙に長い。綿密なプランがあればよいが、慣れていない場合はプランニングするのも骨が折れる。

 そんななかで大切なのは体力をキープすることと、「今」の楽しみを持っておくことだと思っている。
 運動量の減少は体力の低下であり、筋肉量、そして免疫力の低下を招く。ふだんの生活に比べるとほとんどの方は運動量が落ちているはずなので、疲れづらくなっていると思う。いつも眠いはずの時間に眠くならず、生活リズムが後ろにずれていく……というのは、誰もが学生時代の長期休暇や、無職の期間に経験することではないだろうか(そうでもないですか?)。
 もちろん自粛は大切だが、それと同じくらい体力のキープも大切だ。家の中でトレーニングに励むのもよいが、ひとは太陽の光で体内時計をリセットするというし、今は気候もそこそこ安定しており気持ちがいい。5分、10分でもよいので外に出て動く日を作るのは、決して不要不急ではないと思う。ほんとうなら通勤・通学・通所に要していた時間を確保できるのがよいが、難しい場合は無理をしなくてもよい。
 外に出るきっかけ作りが難しい昨今だが、「セブンの新作スイーツがおいしいらしい」、「せっかくだし、川沿いを自転車で走ってみようか」、「家人と散歩でもしようか(もちろん、密着しすぎずに)」など、なんでもいい。できるだけきっかけは前向きな方がよい。できることの選択肢が決して多いとは言えない今、責め立てられるように何かを始めることはじぶんの首を締めかねない。たんじゅんに体を動かすことは気持ちがよいのだが、やっていない身からすると決め手にはなりづらい。各々がしっくりくるきっかけを見つけていただければと思う。

 もうひとつは「今」の楽しみを持っておくことだ。「今」と括弧づけしたのが重要で、というのも、「今」は相当特異な状況下にあり、平素の楽しみを語ってもかなえられないことが多い。体力の維持が体に作用するものだとすれば(じっさいは心身ともによいのだが)、この厳しい状況の中で楽しみを見つけるちからは、こころの窮地を救ってくれるちからになる。
 ふだん浸からないお風呂に入ってみたり、料理に凝ってみたり、しばらく遊んでいないゲームを遊んでみたり、いっそのこと掃除を始めてみたり……、切り口は人それぞれである。
 楽しみがあるか否かは、その人のこころの状態をみるバロメータになる。楽しみを見つけるのにもそれなりの元気がいる。また、いろいろな方のさまざまな切り口を見るのがおもしろく、よい刺激になるので、友人でも仕事でやりとりをする利用者でも、電話をしたときには「今」もっている楽しみを聞くようにしている。なかには「ない」という方もいるが、そういうときには話をしながら、その人のすきなジャンルのものからきっかけを見つけにいくようにしている(とはいえ、これも外に出るきっかけと同じで、なかなかむずかしい)。
 今は人と会うのがむずかしく、SNS等でそういったことを書いたつぶやきや記事を読むことも増えた。その人が楽しそうだったり、元気そうだったりすると、それだけでうれしいきもちになる。こういう状況下では後ろ向きなことばが出回りがちだが、そんなときに愛のこもったあたたかみのある言葉をみると、荒れ地に咲く花を見つけたような心持ちになる。

 心身のバランスを保ちながら6月を迎えられる人が一人でも多くなること願う。

 読んでくださり、ありがとうございます。博物館や図書館等を随時解禁していくという報せには、この世もまだまだ捨てたものではないな、と。経済政策や生活保障はわかりやすくひとを救っておりますが、文化はそれらに負けず劣らず、こころを潤してくれますな。後者の「今の」楽しみは文化のぶぶんでしょう。

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