じぶんの疲れに疎いのは感情のキャッチが不得手だから、という話が前の外来であった。主治医からじぶんの感情を分析するワークブックを勧めていただき、じっさいに取り組んでみて、わかってきたことがある。

このワークは後半で不安についての項目があり、重点的に取り組んだ。怒りについてのワークもあったのだが、怒りを感じることが少ないのでスキップしてしまった。怒ると疲れることはわたしを叱る親を見て重々承知しているので、よっぽど何かがない限り怒ることはない。怒るエネルギーはそうとうなもので、それだけのエネルギーがあるなら一ページでも多く文章を読みたいし、書きたい。一方で不安は不安になるエネルギーがどうだこうだと調整する以前に「不安になってしまう」ので、詳細な分析を求めているわけだ。

さて、前にわたしの行動原理は「おもしろいかっこいい」であるという記事を前に書いた。それと対をなすのが今回のワークの収穫である。

結論からいうとわたしの不安の種は「わからない・うるさい」こと・ものであり、そういったものがつきまとうものにはお近づきになりたくないようだ。どっちに進むかわからないうえに急に飛び立つ鳩、特にしごとで、複数の指示がいっぺんに降ってきた状態、合理的でない因果から生まれた指示。わからない。近づきたくない。すっきりしない。やりたくない。また、飲み会祝賀会オフ会と、そういったものを避けているのはぜんぶ「うるさい」からだ。なにせ職場の、自分の歓迎会すら当日キャンセルしているような輩である。ああいう会合特有の、酒も入り、笑い声が響き、音がわちゃわちゃとした状態は煩わしくてならない。

となると当然「ひっきりなしに音の鳴るゲームセンターはどうなのだ?」という疑問をもつ方がおられるだろう。つごうのいいように感じるかもしれないが、ゲームセンターは大丈夫だ。ゲームセンターがわたしの仄暗い青春を救った場所であることはひとつ、起因していると思う。音楽ゲームたちから放たれる音はわたしのからだを包んで守ってくれているような安心感がある。なじみのゲームセンターがあったころは自動ドアが開いて店に入ると「帰ってきた気がして」、帰宅するときよりもずっと、ほっとしたものだ。プリクラコーナーやUFOキャッチャーコーナー等、音楽ゲーム以外のブースは安心できない音が多いので避けている。特にプリクラは女性の高音が不意に発生するので、苦手だ。

いつもポジティブなことばかりを書きがちなこのブログだが、ワークをやってみてここまでの結論が得られたことは幸運であった。

「おもしろくて・かっこいい」、「わからなくて・うるさい」。このふたつを念頭に置いて過ごしてみると、自分がやりたいこと・やりたくないこと・挑戦してみたほうがいいこと・避けたほうがいいことがより明確になるような気がしている。今後起きてくるいろいろなできごとの対処に役立てていきたい。

読んでくださり、ありがとうございます。ひととおりワークを終えて、因果のしっかりしているプログラミング等々、じぶんには今より向いているしごとがあるのだろうなぁと感じます。楽しくて今のしごとをやっているからいいのですけれども、今のしごとはあまりロジカルすぎない部分もあり、そういったところの理解がとてもむずかしい。