ひとたび体調のことが気になりだすと、他のことに目がいかなくなってしまう。複数のことを並行して見ることのできない特性がそうさせているのではないかと、最近になって気づいた。発達の偏りがあるひとのなかには「シングルフォーカス」といって、名前の通りひとつのことに注目してしまって周りが見えなくなってしまうという特性がある。実際わたしはそうで、趣味でも仕事でもいろいろなことに着手して活躍するというマルチな手腕が一切ない。どれかに注力すると、前のことを忘れる。

体調に話を戻そう。たしかにわたしは本調子でないことも多い。しかし、それを体調不良といって何かをしない理由になるほど、心身は崩れているのだろうか?そんな疑問をもったことから、上の気づきを得た。じっさいは「やればできる」のだが「やる・やらない」の視点がそこにないのだ。体調にフォーカスしてしまうために「ほんとうに」体調が悪いような気がしてくる。さらに、むかしから空想癖があり、自分でも家族でも友達でも、ちょっとでも何かあるとたいへんな病気なのではないかという想像力だけは人一倍豊かであった。そんな性質も手伝い「病は気から」というのはフォーカスしてしまえば最後、ほんとうになってしまう。

その後、やろうとしていたことができなかったとしよう。そうなると「予定どおりいかなかった」という自責の念が沸いてくる。そうして心を発端とする「ほんとうの」体調不良が始まってしまう。そうなると「ほんとうに」本調子ではなくなってしまうので、何もできない。こうなると立ち直るまでやっかいだ。

このことに気づいてから「ちょっと体調よくないな」という程度ならば別のことを考えたり、やってみたりするよう意識してみた。別のことをしだすとそちらに目がいくので、体調に関するあれこれはわたしの視界から出ていってくれるようだ。扱いがわかれば単純な特性なのかもしれない。ものごとを過剰に意識してしまうことがどうやら行動の阻害につながっていた。そういうことのようだ。

「別のことを意識するようにがんばる」というのも奇妙な話だが、てきめんなのだからしかたがない。そういうにんげんも世の中にはいるのだ。そう思うことにする。

読んでくださり、ありがとうございます。負の想像力というはなかなかのもので、子どものころは想像で具合を悪くするなんていうことがしょっちゅうありました。