◆しごとで気をつけていることについて

 しごとをしているときに意識することはいろいろあるが、中でもいちばん気をつけているのは、「提供しているサービスを、果たして自分が利用者になっても受けたいかどうか」ということだ。自分が受けたくないサービスを提供しているとなれば、マズイと思っているものを客に出すレストランと同じである。商売の基本だ。ただでさえ選択肢の少ない福祉サービスのなかで、「これだ」というものに出会えている人はおそらく少ない。
 前職に就いてすぐ「仮に利用者としてここに来たとして、前向きに利用できる自信がないな」と違和感をもった。せっかく採用されたにもかかわらず「一生勤める職場ではないのだろうな」とぼんやり思っていた。といいつつ、そんな疑問を抱きながらもだましだまし続けられてしまうのが、しごとのこわいところである。生活を握られていると、やすやすと舞台から降りられないものだ。
 転職が頭をよぎったこともあるが、福祉業界はその閉鎖的な雰囲気のせいか、他の業界とくらべて一回りも二回りも平気で遅れている(とわたしは思っている)。比較的先進的だといわれる前職の事業所ですら迎合しがたい部分があり、今いるところが先進的だというのなら、わたしの求める「利用者として来たときに、受けたいと思うサービス」など、どこにあるのか?と思っていた。そんなときに師匠と出会って今に至るわけだが、実際やってみると、たしかにおもしろいし、利用者として受けたいサービスだけれど、まだまだポテンシャルを秘めているような感覚も覚える。いつかパラダイムシフトが起きてもいいんじゃないかと思っている。起こせたらきっと楽しい(それについてはまた別の記事で書きたい)。

 サービスを提供するにあたっては、自らの提供しているものへの分析が欠かせない。社会復帰に際してどう役立ち、なぜ提供するわたしも「それを受けたい」と思えるのか。「たぶんいいと思います」で人は集まらない。確固たる自負をもってサービスを提供するために、自らの武器となるサービスについて知る必要がある。日々是精進とはよくいったものだが、天井がまったくみえてこず、まだまだ武器を使いこなせそうにはない。だからこそおもしろいわけだが、最近はその疲れも一方でみられる。

 読んでくださり、ありがとうございます。力量不足を感じる日々であります。

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