3月も終わり、思えば今月はATMにお金を引き出しに行かなかったなぁ、と思う。たいがい、月末に4,5万ひきだして、財布とは別でとっておき、財布の中身が足りなくなったらそこからお札を補充していく形式で運用しているのだが、今月は2月に引き出したお金で月末までまかなってしまえそうで、こんなことは今までなかったので、とても驚いている。
幸せなことに、これまで強く意識してお金を使うことはあまりなく、そのときそのとき、使いたい先にお金を使ってきた。とはいえ、興味関心も決して広くはなく、運よくお金のかかる趣味嗜好をえてこなかったことはおおきい。それでも、たいがい小遣いも給与も使い切ってしまうか、よくて少し残るかどうかといった日々であった。今年は2月の半ばくらいから風邪を引きはじめ、3月上旬に回復したあとも、旅行や、友人に会いにいくといった、エネルギーの必要な行動ができず、仕事して本を読んで音ゲーをしてと、自分にしてはのんびり過ごしていた。
すきなお店で食べたり飲んだり過ごしたりするときは、店にいちばん利益が入るよう現金で払うようにしている。月の外食費が7,8割がた食費であり、その外食もすきなお店でまかなうので、現金がいる。それを加味したとて、びっくりするほどお金を使っていなかったのである。かんじんのキャッシュレスも、ファッション雑貨や化粧品も、間違えて同じものを2度買うなどしたり、先々の旅行のチケットを予約していたにもかかわらず、普段よりも請求額が少なかった。
意識しての節約術ではないので続けられるかどうかはさておき、そういった余暇の過ごし方でも大きな不満はなく、過ごせていたことに驚く。別に、お金を使う=満足度が高いというわけではないが、年収が上がるからといって必ずしも幸せになれるとはかぎらないという説はたしかに頷ける。
自分の気分の波やコンディションの影響はあるだろうが、思ったのが「これで生きていくのだったら、今ほど稼ぐ必要がないのでは……?」もしくは「今がんばって、のんびり過ごすようなことも、可能なのでは……?」ということだ。いずれにせよ、自分なりの、満足にのんびり暮らしたときのシミュレーションができたのはよかった。ここに少し自分のごはんを自分でつくるとか、今足りていない要素がおそらく生活の部分なので、そこに回す時間が作れるとなおよい。働くことがいやなわけではないし、細々と自分から首をつっこまない社会に身をおいてみるのもときどきはいいことがあるので、やっぱり社会生活を改めたいなあ、と思ったのだった。
読んでくださり、ありがとうございます。
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