◆『九条の大罪』第9審「家族の距離❶」

 真鍋作品の連載があると、やはり人生に張り合いがでる。このために生きようというきもちがふんだんに沸いてくる。いつも、どれだけやるきがないんだという話であるが……。

今回の話

 九条の住むテントに烏丸がドーベルマンを連れてくる。大人しそうである。日曜の朝、どうやら休みの日らしく、烏丸はきわめてカジュアルないでたち、九条もランニングコーデだ。犬は、前エピソードで殺害された金本が飼っていたもので、同居人のミヨコが殺処分にするというので、飼い主が見つかるまでは仕方なく引き取るという。弁護を依頼した壬生が飼えばよいのに、飼っていた愛犬おもちを忘れられず、無理だと、飼うのには気が進まないそうだ。「案外繊細だよね」と九条は言う。九条が犬の名前を尋ねると、ブラックサンダーというらしい。駄菓子のようである。
 スマートウォッチとおぼしき画面には「6日 莉乃5歳誕生日 父親命日」とある。今年と照らし合わせると12月の曜日と合うが、作中ではこれまで季節感が描かれておらず、よくわからない。「もう5歳かぁ…」というせりふからして、別れた妻との間にできた娘のことだろう。烏丸は「お祝いするのですか?」と尋ねるが、九条はプレゼントは郵送したけど会えないという。以前のエピソードで財産はほぼ明け渡しているというし、夫婦間にはただならぬ事情がありそうである。

 そんな話をしていると、師匠と呼ぶ男から着信がある。男の名は流木信輝、小さな男の子とどこかの公園にいるようだ。流木は九条のことを「鞍馬」と呼ぶ。現在は九条と名乗っていることを伝え、うっかり忘れていた流木は「そうだった。別れた奥さんの苗字だったね。」と言う。流木は、九条の父・鞍馬(以下、九条父は鞍馬と表記)の命日が今日だったなと伝える。鞍馬は流木の同期で、いろいろな議論を交わした仲だったようだ。懐かしくなり、息子の九条に電話をしたという。
 調子はどうかと聞かれた九条は「先生の教えのおかげでなんとかやっております。私は先生に育てられました。」と答える。続けて、いい弁護士は依頼人の話をよく聞くこと。依頼人の話は情報の宝庫なので耳を傾け重要なポイントから押さえること、意味のない質問にも意味があり、依頼人との信頼関係をどう作るか考える必要があると、流木の教えとおぼしきことを電話口で伝える。流木はそれを聞いて「いろいろ悪い噂もあるが、私の教え子の中で一番魅力的で印象的だった。」と言う。つづけて「お父様の血かな。」との言葉に、九条は複雑な表情を浮かべ、父とは親子の縁を切り、和解もないまま父も亡くなったと答える。烏丸はそれを聞いてはっとした表情をする。流木は「そうね。キミら親子は仲悪かったよね。」と思い出したように言う。夫婦のみならず、親子間にも並々ならぬ事情がありそうである。
 九条の事務所を立ち上げて5年。その前に3年ほど世話になった山城事務所の名前が出ると、流木は渋い表情をみせる。山城は同じく同期だが、欲望まみれの下品な弁護士であり、名前を聞いただけで虫唾が走る、と突き放す。政治家のパーティーに顔を出すのは金になりそうな顧問先作りのため、刑事弁護に強いと謳うわりに、面倒な案件は事務所の評判に傷がつくとして避け、いまだに銀座に事務所、鎌倉に自宅、葉山に別荘を上がりだと思っているという。流木は力を込めてこのように言う。

「すべての被告人は平等にして最良の弁護を受ける資格がある。生活困窮者もマイノリティーもすべての人権を守るのが弁護士の役目だ。九条くん、キミの意見はどうかね?」

 そう言って咳き込む流木を、男の子が見やる。九条は「先生の血圧が心配です」と案じる。流木は、近々九条に頼みたい仕事があるので、また連絡すると伝える。少年は流木の孫のようで「おじいちゃん大丈夫?けん玉しよ。」と電話が終わって声をかける。

 電話が終わるとまた着信がきて、今度は流木がこき下ろしていた山城から、である。山城はホテルとおぼしき場所から、女性が寝ているベッドの上で電話と、なかなか豪快な男のようである。開口一番「儲かってる?」、父の命日への言及は二の次である。たった今、流木にそう言われたと答えると、山城は不快そうな面持ちで「あいつ、私の悪口ばかり言ってただろ?しみったれた仕事ばかりしおって文句があるなら俺より稼いでから物を言え。人権、人権とか言って貧乏人ばかり相手にしてなんになる。」と言う。すかさず毎年命日にワインとバカラを送ってくれていることの礼を伝えるが、山城はそれについては答えず、顧問先を増やしてどんどん稼げ、見える景色が変わると言う。刑事(事件)は最も人が困っている状況で、被告人は一刻も早く解放されたいので、名のある弁護士を選ぶと。そうなると報酬が言い値になり、他に頼めない不良や輩の足下を見れば楽に稼げると助言する。同じ100万稼ぐのでも、民事と刑事では刑事の方が楽だと山城は言う。離婚裁判は1年以上かかるが、ちょっとした窃盗や暴行やすぐに片付くと。刑事事件は1件につき3時間以上費やさず、適当に自担して数をこなすのがコツだという。九条は何か別のことを考えているような様子で「はい山城先生」と答える。すると山城は急に「話変わるが、警戒心のあるブスはよりブスに見えるよな。」と、ソファに寝ている女性を背景に言う。九条がなんの話かと問うと、山城は軽く受け流し、「近々銀座のクラブで飲もう。」と誘い、電話が切れる。

 会話を聞いていた烏丸は「相変わらず仲の悪い二人ですね」と読者も感じたであろうそのままの感想を言う。九条の父とも同期だが、弁護士もいろいろだなとこぼすと、九条は「まーね。」とジョギングに出かける。
 ジョギングの最中には恋人、家族、子供を乗せる籠のついた自転車が並んでいる風景、が描かれる。食卓に置かれた「Happy Birthday Rino」と描かれたバースデーケーキと風船を境に、雨が降り出だす。九条はどこかの橋から風船の見える窓を眺めているようだ。建物は窓が機械的に並び、あまり住宅街らしくないが……。九条はしばらくして、ジョギングを再開する。一方、屋上で待っている烏丸はブラックサンダーにお手をしてみるが、何もしない。「キミなんもできないのね。雨で濡れるからテント入ろうか。」と声をかけ、次号へ続く……。 

感想

 今回の副題は「家族の距離」。依頼者のことかと思いきや、まずは九条自身の周りの人間関係が描かれる。妻の姓をつかっていたり、父親とも和解することなく死別してしまったりなど、気になる点がもりもり出てきた1話であった。
 一方でわかったこともあって、それは前話にでてきた壬生の刺青の文字「EVERLASTING LOVE RICE CAKE」だ。これは序盤に言及されている「愛犬おもち」のことだろう。刺青をよくみると、犬の絵も彫られている。この謎の文字列は、そういうことである。全身に彫ってしまうくらい愛をこめているのなら、おいそれと別の犬を飼えるはずがない。だが一方で、そんな人間がかんたんに人を殺めてしまうのも事実としてある。ゆえに九条は「案外繊細だよね」と言ってのけたのだろう。

 師匠と呼ばれる流木は、人情派の熱い弁護士のようであるが、理想主義的すぎるきらいもある。それでもいわゆる弁護士漫画というのは、流木のような弁護士を主人公に、展開していくものがポピュラーなんじゃないかと思う。後述する山城と比べると、少しだけ年老いてみえる。その分の苦労もあるのだろう。九条姓を名乗っているのを忘れていることから、あまり頻繁に連絡を取り合う仲ではないようだ。流木と鞍馬の仲は悪くなかったようだが、九条は鞍馬をよく思っていない。一体そこに何があったかというのは、情報のすくない現段階で憶測をせず、今後解き明かされていくのをゆっくりと待とう。それにしても、孫といるときにかける電話なので、きっと重要な依頼なのだろう、と思わざるをえない。孫も孫で、幼いながらに空気が読めるこどものようだ。

 山城の電話のシーンではベッドにいるボブカットの女性、白い下着で立っているショートカットの女性、ソファで寝ている金髪の女性の3人が順に描かれる。中年にして、豹柄のトランクスを履いていることからも、だいぶ旺盛な男であることがうかがえる。時計も流木が着けているものに比べるとごつっとしていて、高級感がある。流木とは対照的に、山城はコスパを優先して弁護を請け負っているようだ。効率と採算を重視した、資本主義にマッチした仕方をとる弁護士である。手間と金銭を基準に人間を切り捨てるといった判断も、やすやすと行われていそうである。

 烏丸はブラックサンダーを撫でながら、2件の電話の感想をもらす。これは読者の抱く印象とほとんどズレがないと思われる。「相変わらず仲が悪い二人」「弁護士もいろいろ」だ。前回のネクタイの受け渡しのシーンでも感じたのだが、烏丸はここまでエリート街道を突き進んでいるものの、九条のもつ世界においては単なる一読者であり、わたしたち読者の目線といちばん近い位置にあるのが烏丸の視点である、そう考えると、前話後半の、九条が烏丸に結んだままのネクタイを渡すシーンというのは、九条の視点・世界というものを見せる(分け与える)という、たんに作中における「九条ー烏丸」間の儀式ではなく、「作者ー読者」間の、より大きな枠を描いたのではないか、と考えてしまった。さすがに考えすぎかとは思うが、「九条先生は誰の味方なのですか?」など、善と悪の二元論でものを判断しようとするときがある。それは法にうといわれわれ読者の視点とよく似ている。

 さいごに、登場人物の名前について少しだけ。わたしは数回京都にいったことがある程度で土地勘はほとんどないが、今回、鞍馬と流木は街の中心から離れたところに位置している。とくに鞍馬は「鞍馬天狗」の伝説などもある鞍馬山があり、少し人里離れた印象をいだく。実際パワースポットとしても有名なようだ。九条の父親が故人であることを考えると、街から大きく離れたスポットを名付けられているのには、この世ならざる何かを暗示している可能性がみてとれる。
 いっぽう、鞍馬から南下したところにある流木は現在「半木」と表記されており、検索した結果もほぼ「半木」であった。名前の由来としては、鴨川を南から上流へのぼっていくと、下鴨の南で加茂川と高野川に別れるという。そのうち、賀茂川の北大路橋と北山大橋の間、左岸(東側)堤防上にある散策路のことを、半木の道と呼ぶそうである。半木とは、川の隣にあった流木神社の名前に由来しているそうだが、洪水で流されてしまったのをきらって、「半」の字をあてるようになったという説がある。つまり、このエピソードから考えるに、流は既に使われておらず、洪水という災厄のしるしでもあったことから、現在いきいきとしている印象はもてない。実際本編をみても、流木は現役バリバリの弁護士というよりは、一線を退いたような雰囲気がただよっている。
 つぎに山城は、鴨川の東側にある町の名前である。八坂神社や清水寺の近くとなると、まさに京都といった感じだ。烏丸の駅まで北上して徒歩20分ほど。まぁ、中心といって差し支えないようなところにある。中心に近ければ近いほど、現実における財産や名声の獲得と結びついているのだろうか?烏丸などは道を外れてしまったが、そのまま進んでいればそうなっていたはずであるし、事実京都市の中心部分だ。
 そして気になる九条はさらに南下した先にある。つまり、元々の姓である鞍馬からはじまり、南下した先に師事していた流木がある。そこから南下して山城が、さらに南下した先に九条が位置しているのである。また、鞍馬山のふもとから鴨川が流れている。この「中心からの距離」と、「下っていく流れ」の中に、登場人物どうしのつながりや、社会的位相を示す何かがあるのではないかと考えている。

 ちなみに今回は登場していないが、薬師前は上京区と下京区の2ヶ所にあり、それぞれ烏丸から徒歩57分、徒歩6分とだいぶ差がある。烏丸との関わりをみるに、より近い下京区の方なのかしら、と思っている。嵐山はご存知かもしれないが烏丸や九条からは西側にあって、川も鴨川でなく桂川である。そして、壬生は九条のほぼ真北、烏丸の真西に位置している。弁護士陣営、警察や裏社会陣営で登場人物のマーキングをしていくとおもしろいのかもしれない。

 読んでくださり、ありがとうございます。すでに位置関係が意味深な感じですし、名前は今回結構考えてついているのではないかなあ。

コメント

  1. […]  1話の中で複数の場面が出てくる本作だが、今回はいつもよりシンプルで、前回の九条のジョギングの続きと、金本の検死に立ち会う警察官たちの話となる。 […]

  2. […]  山城も流木も価値観は違えど、両者とも相談者の直面している現実をたしかにその目でみていることがこれまでのエピソードから窺える。山城は前話の「法律の勉強は富士山のように綺麗な思想。だが実際は富士の麓は自殺の名所青木ヶ原。暗い暗い森の中。」という、九条が山城に師事していたときのセリフ、そして流木は第9審の「生活困窮者もマイノリティーもすべての人権を守るのが弁護士の役目だ。」、また今回の「依頼者の利益のために努めるのが弁護士です。」という象徴的なセリフによってである。 […]

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