◆感想『九条の大罪』第41審「事件の真相」①

今回のお話

都会の高い空から、蝿が飛んでくる描写ではじまる。行く先は河川敷、どういうわけか、警察官が集まっている。そこにはビニールシートからはみ出た人の足があり、すでに多くの蝿たちが群がっている。足の形からして、おそらく女性だろう。そこから場面は霊安室とおぼしき場所に移り、そこには恰幅のよい、初老の男性が死装束に包まれた女性の側で、悔やむように嘆くのであった。

時間軸は現在に戻り、刑事の嵐山が、河川敷に花束を供えている。中華料理店で「弱者の一分」編で登場した先輩刑事(又林)が「あの事件からもう10年も経つのか」と、新人(深見)にこぼす。深見が、全貌をよくわかっていない態度をとるので、又林は彼が組織対策課(暴力団、不良外国人、銃器や薬物の密売グループの犯罪を担当する課)に配属されて3年しか経っていないことに触れ、あたらめて「事件」が嵐山の娘が殺害された事件であることを語る。深見は驚いてむせこみ、警察官の親族の殺害事件には記憶があったが、嵐山の娘だったことは知らなかったと言う。
又林は、嵐山は離婚して娘は姓が異なっていたことを前置きしたうえで、事件の詳細を語る。暴力団を相手取った警察官家族が殺されたことから、まず報復の線が疑われたが、現場に残っている証拠が多かったうえに、その後、犯人のひとりがバイク窃盗で指紋の採取をされた際に、殺人事件との関連が発覚し、そこから芋づる式に犯人逮捕に至ったという。事件の全容としては、地元の不良仲間と、帰宅途中の嵐山信子の金品を後ろから強奪し、河川敷で意識のない彼女を強姦していたところ、意識を取り戻して顔を見られ叫ばれたため、首を絞めて殺害した。実行犯は少年刑務所で懲役10年以上15年以下の不定期刑を課され、今も服役している。共犯者ふたりは少年院に送られたが、すでに出院して社会復帰中だ。そして主犯の犬飼勇人は、壬生の地元の後輩だという。そんな話をしながらも、ふたりは食事を続けている。深見の皿に置かれた水餃子のようなものを、又林が取ってすらいる。

話を聞いた深見は、嵐山が壬生のような半グレを徹底的に追い回す理由はこの事件があったからかもしれない、と、普段の嵐山の姿を重ねて話す。又林は、加えて、少年法を盾に減刑となった判決、そしてその元となる、凶悪な犯罪者を減刑する弁護士も恨んでいると聞いて、深見は九条の名を挙げる。
嵐山は被害者の性格や生活環境から、犯罪に巻き込まれた原因を探る、被害者学の観点からも事件を考える刑事だという。深見は、同じ店で、以前嵐山から言われたことを思い出している。人の本性はボーッとしてると見抜くのは難しいということ、公衆の顔や家族の顔、そして本当の顔があるが、本当の顔は本人と罪を共有している人間しか知らないということの2点である。そして、嵐山は事件後に娘の本当の顔を探っていく中で、知りたくもない事実をつきつけられたのだという……。

さて、場面は移り、壬生の自動車工場だ。嵐山の供えた花束が壬生の手下に回収されている。変な花束が今年も置いてあったという手下に対し壬生は「逆恨みだ、気にすんな。」と返すのだった。

感想

およそ1ヶ月半ぶりの掲載。新シリーズ。そして職人気質のような描写をされてきた嵐山が、きわめて私的な部分からも反社会的勢力であったり、それを擁護するような弁護士を目の敵にする理由が少し見えてきた。職業人としてのありようを描く際に、私的な部分をさらけだした上で職業との関連を見出すことは少しもふしぎではない。事件そのものの真相もサブタイトル通り気になるところだが、真相を知った後の部分で嵐山のありようがどう変化したのかということも、着目してみると面白いポイントだろう。
一つ思ったのは、嵐山が「戦う」タイプの人間だということだ。娘を惨殺され、その経験を理由に今の仕事とつきあっているとすると、相当なエネルギーがないとできないだろう。家族を失ったことによって現在の価値観が成立しているということは、事件のたびに少なからずそれを想起させられることになる。耐えきれずに折れてしまう人も中にはいるのではないかと思うが、そんな中で嵐山は前に進んでいく。それが彼なりの正義や、彼自身を救う手立てである可能性があり、壬生などの反社会的勢力や、九条のようなポリシーで職務を全うする弁護士に対する憎悪につながるのだろう。

おそらく、今回の話は又林が回想しながら深見に事件の顛末を語っていく、という形式になるだろう。これは九条サイドの烏丸と似ていて、警察陣営における、われわれ読者のポジションに深見が位置づけられている。
さいごに、中華料理店での食事というのも象徴的だ。「弱者の一分」編で、水死体の調査のあとでホルモンを食べるのに抵抗を示している深見に対し、嵐山は中華料理店で起こった殺人事件の話を出していた。そして、今度は中華料理店で殺人事件の話である。しかし、前回よりも深見は動じていない。もちろん今回は捜査後ではないし、嵐山の親族が被害者だったことには驚いているが、ふつう食事中に殺人や強姦の話はしないというのが一般的な見識だ。そういった意味で、警察の特異性が窺い知れるのと、深見がもしかすると、以前よりは少しタフになったことのあらわれなのかもしれない。

壬生との確執については、今後を追っていこう。

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