◆『九条の大罪』第12審「家族の距離❹」

今回の話

 先週の家守のシーンから引き続きの展開。
 家守は、山城が認知症を患っている父に無理矢理遺言書を書かせたのだと訴える。内容を尋ねる九条の問いから、家守の父親が介護施設で、遺書を書いているシーンへ移る。そこにはたしかに山城が立っている。家守の父の手元はおぼつかず、文字の解読もむずかしいが、手元近くまで寄ったスマホの画面にはたしかに、自分の手で書いているのを映している。また、正面につけられたカメラからもその様子は明らかである。内容としては「一般社団法人 輝興儀」に全財産を寄付するというもの。その名に聞き覚えのあった九条は家守の言った法人の名前を復唱する。すると家守は、介護施設の社長である菅原が代表をしている社団法人だと答える。それを聞いた九条は師である山城と、クラブにいた菅原のことを思い出す。

 父の遺産を取り返してほしいと依頼する家守に対し、九条は案件を断る。家守の口調はやや荒くなり、なぜなのかと問う。他の弁護士からもたらい回しにされて困っており、壬生から九条を紹介されたのだ、犯罪を助長する弁護士を野放しにしてもいいのかと。九条は「今回ばかりは無理です」とやや申し訳なさそうにいうと、家守は感情を剥き出しにする。想定外に自分の希望が通らないとき、ひとの本性は出てくる。「本来ならこんな場末の弁護士のところになんて来ないわよ」と。足を組んで机に投げ出す姿勢を家守は叱責し「はいはい」と答える九条に「返事は一度」と親のようなことを言い、玄関まで見送るという申し出も強い語調で断って去っていく。

 烏丸はその一部始終を目にして、九条が依頼を断るのを初めてみたと言う。弁護士は顔が見える村社会なので、同業者を訴えたがらないという。家守の事情もわかるが、今回の案件は依頼者との利害が対立し、山城と付き合いのある九条にとって法廷で争うことは利益相反のおそれがあるのだ。一応は納得した烏丸だが、いっぽうで山城の悪い噂も聞くという。山城は、全盛期は人望も厚く同業者から尊敬されていたが、有名になったあとで本業以外のビジネスに手を広げ、筋の悪い客から勧められた投資に失敗した負債を反社に穴埋めしてもらってから縁が切れなくなってしまったという。

 そんな状況を憂い、「さて、どうしたものか。」と、九条はつぶやく。

 そして、流木がふたたび登場する。流木にはおよそ不釣り合いな都会の裏通りを歩きながら、2人は話をする。九条から訪ねてくるのは珍しいようで「何か困った問題でもあるのかね?」と流木は問う。九条は知り合いの弁護士とやり合うか迷っていると答える。誰かと問う流木だが、九条の不本意な表情をみて、なにかを察したようである。こたえない九条に対し、「守秘義務かな。一人ごとと思って聞いてくれ。」と流木は言葉をつづける。

 流木は「法は道徳の最小限」というドイツの法学者・イェリネクの言葉を引き、たとえ道徳上は悪でも法律に反しないこともある、と語る。「SNSで一般人が道徳を振りかざしても法律とは別問題。道徳観は人それぞれだからね。」と続けながら、背景には「道徳上は悪とみなされるものの、法律とは別問題になっていることがら」がコマ送りになっている。「駐輪禁止」の標識を無視して駐輪された自転車、ポイ捨てされたタバコと、現実はそういったことがあふれていることのたとえだろう。流木は落ちたたばこを拾い「法律は時に冷たく無常です。悪用すれば極めて非道徳にもなる。なので間違えてはいけないが…」と続け、それでも「依頼者の利益のために努めるのが弁護士です。」と腕を組み、どこか誇らしそうな様子だ。
 法律知識のない依頼者は弁護士に全幅の信頼を置くため、弁護士の言いなりに法外な金を払って不当な書面を書かされてしまうこともあり、依頼者を騙すのは簡単で、彼の利益ではなく私利私欲のために金を貪る弁護士などもってのほかだと流木は言う。そして流木は「山城先生の暴走を止められるのはあなただけだ、九条くん。」と、その相手が山城であることを見抜いた上で九条に言うのであった。九条の表情は複雑ながらも、心を決めたようにもみえる。

 そうして、九条は山城に架電する。山城はどこかの温泉施設のようだ。飲みの誘いかと尋ねる山城に対し、「いえ。家守さんの相続の件でお話があります。」と告げる。山城は事の次第を察し、現実逃避するかのように湯船に沈むのであった。

感想

 だいぶスピーディー。オムニバス形式で各々のエピソードを展開しているものの、こんなにも早く師弟対決が起きようとは。それにしても壬生、自動車整備会社の社長であることから、こういったちょっとリッチな経営層ともおつきあいがあるのだろうか。九条も謎が多いが、それ以上に壬生が気になる。

 九条が丑嶋と異なるのは、ひんぱんに自分の素の表情をみせているところである。その点において、金と信用を媒体にルーティンをこなしていた丑嶋との違いがみてとれる。業務において九条はベターな落とし所を探そうと努めている、その点においてはルーティンをこなしている、といえる。ただ、金貸しとちがってもう少し濃密な人間関係がそこには含まれており、おいそれと対立するわけにもいかない環境がある。そこをドライかつクールに処理していくだけでは、弁護士界隈で立ち行かなくなってしまう。ゆえに九条はなやむ。流木のシーンで語られる「法律」と「道徳」または九条の語ったところの「倫理」が一体でなく、それぞれ独立して存在してることが、金と信頼で構成されたウシジマワールドとの大きな相違点である。そこに人間関係がかぶさってくるので、さらに物事は複雑化していく。

 今の話は、もう1人の師である流木に相談することで、ひとつの落とし所を見つけるに至った、というのが大きな進展だ。前回から繰り返しているが、そこにも疑似家族の要素がみてとれる。前時代的に上り詰めることを求めた山城と、決して金銭的に満たされなくとも、人を救うために献身的な立ち回りをみせる流木は古典的な心理学からいわせると父性的、母性的な要素をおびている。その対比はみごとである。またウシジマの話になってしまうが、ウシジマはどちらかというと男性性的な役割であったりメタファの多い作品である一方で、九条はどこか女性性を見出しているようにみえる、今のところ。

 山城も流木も価値観は違えど、両者とも相談者の直面している現実をたしかにその目でみていることがこれまでのエピソードから窺える。山城は前話の「法律の勉強は富士山のように綺麗な思想。だが実際は富士の麓は自殺の名所青木ヶ原。暗い暗い森の中。」という、九条が山城に師事していたときのセリフ、そして流木は第9審の「生活困窮者もマイノリティーもすべての人権を守るのが弁護士の役目だ。」、また今回の「依頼者の利益のために努めるのが弁護士です。」という象徴的なセリフによってである。

 これまでのエピソードを踏まえると、九条は、父性的な山城と、母性的な流木という極端な”両親”のもとで弁護士として育てられた、という構図がみえてくる。父性が凋落したとき、子が向かう先は母性である。ここでの「家族の距離」は、はじめから読んでいくと血縁に基づく家族関係を想像させるが、この展開のしかたからすると、本題は九条が「村社会的」と称す弁護士界隈における師弟関係(≒家族関係)といえよう。
 さて、おそらく話の流れとしては「父性である山城を、法廷において乗り越える」ことになると思うのだが、「父を乗り越える」というと、ギリシャ神話のオイディプス王における「父殺し」の物語を連想させる。この話は心理学をまたいで長くなってしまうので割愛するとして、とにかく今回のポイントは、道徳的な悪を法律によってどう扱うのかと、争うことそれ自体の結末、そして、それを受けて村社会的な弁護士界隈の九条、そして山城に対する目線がどう変化していくのかの3点だろう。

 九条は第1審で「私は、法律と道徳は分けて考えている」と烏丸に話している。今回の件も、利益相反のおそれがあり、明らかに今までの九条にとっては、受けるべき案件ではなかった。だからこそ断っている。しかし何かが九条を動かし、流木へ導いているのである。そういった意味でも序盤の大きな局面となりそうである。ここで「父を乗り越える」という体験が、今後の九条、ないし周囲にどういった影響をおよぼすのか、楽しみに待とう。

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