◆『九条の大罪』第24審「自殺の心境❷」

今回のお話

自殺の心境と重々しいタイトルで始まった今シリーズだが、今週は烏丸の過去が描かれる。

ホテルの一室、烏丸がスーツ姿でソファに座している。白い花と黒い格好から、葬式の類であることがよみとれる。また、これまで出てこなかったタバコとライターが、花束の傍に置かれている。烏丸のモノローグから、今はホテルの喫煙室にいるようである。

「喫煙室の臭いは嫌いだから、普段はホテルの部屋は禁煙室を選択する。
「タバコ吸う人間の気持ちはわからん。」
「有馬 お前学生の頃から、この銘柄のタバコ吸ってたよな。」

セブンスターとおぼしきタバコのパッケージをピックしながら、「有馬」という人間について振り返っている。「もう1年経つのか」と。今回の式典は有馬に関するもののようである。

水玉のネクタイを締めた、丸眼鏡の男性がリラックスしたような、しかし一方で物憂げな表情でタバコを吸っている。ベッドとソファの配置、窓の形からして、烏丸が回想している部屋と同じところだろう。部屋をほめる烏丸に対し、「顧客がとってくれた」と1泊10万のホテルであることを話す。1ヶ月の家賃並みの宿泊料だという烏丸に対し、「日本(の賃金)が安すぎると有馬はこたえる。まさにこれは、日本経済の失われた30年を指す。

きゅうに、有馬は烏丸にルームサービスであろうか、30品目はゆうに超えているであろう、フルセットの和食をすすめる。戸惑う烏丸に有馬は「最後に食べようかと思ったが二日酔いで食えなくてな。」と言う。有馬の首筋の襟が汚れているのをみて、烏丸は違和感をおぼえる。烏丸は、有馬の今の職業について尋ねる。「松元浜多義素法律事務所のシンガポール支社だっけ?」との問いに対し、有馬は中国の深圳オフィスだとこたえる。中国企業は知財系の仕事や企業法務案系が多くて忙しいとも。つづけて、中国が次の覇権国であり、日本は潰していい企業に税金を流して成長がないという。食べ始めた烏丸は「うまい。」と言いながら話を聞く。有馬は「教育や人材育成など、若い世代に税金を使わない国は滅びる。」という。それに対し烏丸が、政治家が選挙で票を入れる高齢者や企業のために動くことを話すと、目先しか見ていない人間が舵取りした結果だという。有馬は、海外生活をしていると日本は本当にいい国だ、しかし発展途上国に追い抜かれ、貴重な人材も企業も海外資本に買い叩かれ、奪われていくのが悲しいという。

烏丸は「末期ガンでモルヒネ漬けの老人にはフルマラソンを薦めない。」と皮肉じみた喩えを出し、国に頼る時代はもう終わり、別の選択肢もあると話す。そして有馬に「どうした?」と問う。目を逸らす有馬に対し、いつもは解決策を話していた有馬が、問題提起しかしていないのは珍しいといい、悩みがあるのかと尋ねる。有馬はこたえない。つづけて烏丸は、シワのないベッドをみて、ちゃんと寝ているのかと尋ねる。みずからを案じている様子を聞き、有馬は「嬉しいよ」「お前がそうやって俺に関心を持ってくれてさ。」と笑顔をみせ、ワインを勧める。烏丸が断ると、有馬は烏丸の現在について尋ねる。1年前には、九条法律事務所にアソシエイトで刑事弁護をやっていたようである。刑事弁護は儲からないだろうと聞かれ、アソシエイトというと聞こえはいいが法律事務所の居候弁護士だろうと詰められる。「しかも、悪評高い九条先生のところ」と、すでに九条は業界で有名なようである。有馬は、『弱者の一分』編で登場した薬師前とおなじく、東大法学部首席の烏丸が、どうしてそんなところにいるのかと問う。烏丸は、有馬が喫煙する理由が自分にわからないのと同じだとこたえ、九条がとても面白いという。「お前本当に変わってるよな。」という有馬に対し、やっぱりワインをもらうと烏丸。

ふたりはホテルから東京の情景が見下ろせる場所、いわば旅館の広縁で、司法試験のときのことを語り合っている。一週間ぶりにベランダに出たときに「脳と手以外も生きてたんだなあって実感した」ことや、勉強中に口が空いていて「閉じ方忘れてた」こと、そして「生きている実感があった。」と有馬はこぼす。続けて、烏丸に対し「天才だよ。お前に会うまでは俺がずっと一番だった。敵わんよ。」と話す。烏丸は今、年収は有馬の方が勝っているというが、「金があっても本当に欲しいものは手に入らない。」と俯く。少し気まずそうな間をあけて、烏丸は「もう行くよ。」と。もう一杯付き合ってほしいと頼む有馬に対し、法廷があることを伝えて席を立つ。

烏丸と別れたまさにその夜、有馬は精神安定剤と睡眠薬を大量服薬し、浴槽で動脈を切り裂いて自殺したのだった。メンタルクリニックから処方された錠剤にお薬手帳、自立支援医療受給者証まで書かれており、よくよくみると上限額も四桁代(これについては後述)と、経済的に決して豊かではないことが読み取れる。有馬の実家は沖縄だったが、遺体の空輸にお金がかかるため都内で葬儀を執り行ったという。妻とは離婚調停中で、葬儀に参加したのは烏丸と、都内で同居していた父親だけだったという。また、有馬は法律事務所で孤立しており、既に退社していたこともわかった。最初に話していた「顧客がとってくれた」は嘘だったのである。有馬は昔から悩みを隠すタイプで、男はみんなそうかもしれない、と、自らにも思い当たる節があるのか、烏丸はホテルの浴槽に浸かりながら回想する。そのなかで「自殺を考えた時 5分耐えたら死ななくて済むらしい。」と、巻き戻らない時間のことを考える。そして、学生時代に告白をされた時以来、「有馬を拒否したのは2度目だ。」とふりかえるのだった……。

時間軸はすっかり現在に戻り、具合の悪そうな九条が烏丸の身を案じている。烏丸は昨日が自殺した親友の一回忌だと話し、彼が亡くなった部屋でよく飲んでいたワインを瓶ごと空けて二日酔いになったという。心配する九条に対し、「言語化できるコトは乗り越えた証拠です。」と烏丸は言う。しかし、それまでの様子をみるに、どうもそうは思えない状況である。九条は深追いすることなく、コールする固定電話をとる。電話の主は刑事の嵐山。また今回もだいぶ顔が違っているが、用件は明け渡しの強制執行を行った植田の件だという。電話口で九条は怪訝そうな表情をみせるのであった。

感想

烏丸が自殺について、妙に引っ掛かっていたのは、自身の近くにも自死した者がいたからだった……という、一見構図としてはわかりやすいものの、深めていくと複雑なエピソードであった。考察するにあたって後ろからやった方がわかりやすかったので、今回は後ろから前に戻っていく。

回想の終盤で烏丸は、有馬から学生時代に告白されたことを語っている。それに続いて今回の拒否が、有馬の自殺の直前に存在しているわけである。
学生時代、烏丸はそれまで頂点にあった有馬をその座から引きずり下ろしている。これは自身の立場に対する自負があったであろう有馬にとっては、天動説が地動説に変わったときくらいの衝撃があったことが予想される。実家が沖縄だったということ、学生時代から吸っていたタバコ、共に司法試験の勉強をしたエピソードから、おそらく有馬も東大生であった可能性が高い。確定できるエピソードかというと、決め手に欠けるのだ。いずれにしても、幼い頃から相当優秀だったことがうかがえ、自尊心がめばえるのは自然なことだろう。ちなみに、沖縄の学力については、ここ数年は少し変化しているが、全国学力テストが2007年の開始以来、小6、中3ともに6年連続最下位であったことを元に話をしている。

そんな有馬にとって学生時代の烏丸は、初めて出会った「超えることのできない壁」であり、同時に魅力でもあったようだ。烏丸が九条を「面白い」と思うのと同じで、有馬も烏丸を「本当に変わっている」と評価している。烏丸が九条に惹かれたのも、有馬が烏丸に惹かれたのも、構図としてはよく似ているのかもしれない。
さて、ここで「告白」と「拒否」という言葉が強烈に響く。「学歴ヒエラルキーの最上位」という、凡庸な大学を出ている自分では想像できないほどの、極めて狭い象限のなかに、「同性愛」という、これもまた多数派とはいいがたい嗜好が出てくる。あらかじめ象限の小さい中にさらに条件が加わることで、彼と同一の要素を持った人間の数がきわめて少なくなることが予測される。「昔から悩みを隠すタイプだった」という有馬の性質は、元来の性格的なところもあったかもしれないが、現在の社会がもつ意識や偏見を考えたとき、彼の生きづらさにつながる要素であったことは想像に難くない。しかし、烏丸にはそのことを明かせるだけの関係を築いていたことが、烏丸の回想から逆説的にあきらかになる。

また、告白を拒否したあとも関係は切れず、烏丸は「親友」として死の直前までそばにいる。ここに関係のむずかしさがある。回想をみると、有馬は烏丸に対し、ただの親友である以上のことを求めているようにみえる箇所がある。ただ、ここはあくまでひとつの可能性としての語りであり、恋愛的な感情がなかったとしても、エピソードそのものの読み解きにはさほど影響しないのではないか。それでも有馬にとっての烏丸が「親友」としてのやりとりか、「恋慕する(していた)相手」としてのやりとりかで、読者の受け取りが大きく変わるように思えた。これまでの真鍋作品では丑嶋と柄崎のようなブロマンス的な描写が主だったが、烏丸も有馬も線が細く、言葉を受け止めるときの機微も絶妙で、ちょっとそれらとは異なる雰囲気を帯びている。

シワのないベッドを見て有馬を案ずる烏丸に対して、「嬉しいよ」「お前がそうやって俺に関心を持ってくれてさ。」と有馬は返す。現在、妻と離婚調停中であることや、会社を既に退職していることから、日常的にも社会的にも孤独であったことのあらわれだろう。それにしても、我が国のビッグタレントから命名しているところから推察するに、大御所事務所であろう「松元浜多義素法律事務所」は、今後も出てくるのだろうか。あまりに仰々しい名前なので、気になってしまった。
さて、前回わたしは植田の自殺について「孤独感」「絶望感」が心のよりどころのなさを描いていることに触れた。この構造は、有馬も同様である。心のよりどころは前述の日常・社会双方における孤立に加え、2度目の烏丸の拒否による絶望がある、と読み取っている。烏丸はこの経験がベースにあるために、九条や壬生のように、自殺について、まったくの他人事として関われないのではないか。今回の終盤で九条から身を案じられた烏丸は「言語化できているコトは乗り越えた証拠です」と答える。しかし、自死した親友の一回忌に親友の行動をなぞりながら死者に思いを馳せていた烏丸の行動をみて「乗り越えた」という読み取りはひじょうに苦しい。弁護士という、人の生や利害を直接扱う業務を行うにあたって、自己と他者は切り分けて考える必要がある(余談だが、これは薬師前のようなソーシャルワーカーも同様である)。おそらく依頼者の利害にふれてしまうような、最低レベルの巻き込み・巻き込まれは烏丸レベルのスペックになると起こらないことが予測できるが、九条のように全くの他人事として切り離せない部分は、これまでの烏丸の言動からうかがえる。

最後に、あんまり本編に関係ないが、有馬の経済状況について少しだけふれておきたい。有馬の自殺のシーンで、自立支援医療受給者証が書かれているページがある(薬がいっぱい書いてあるところだ)。おくすり手帳の上にある、見慣れない書類である。これは精神科に通院する者で、治療が長期に渡ると見込まれた患者に対する月々の自己負担を軽減する制度(自立支援医療)であり、区市町村を窓口として、東京都福祉保健局に申請することで認定が降りる。この、月々の自己負担額の上限は収入によって変わるのだが、有馬のそれを見てみると、非常にうすいのだが上限額が四桁である。それ以上細かい部分が読み取れないのでげんみつにはわからないが、この上限額は収入によって決まる。有馬の場合、最低だと市区町村の住民税が非課税となる程度の収入、よくても33000円未満の状況であることがわかる。住民税の計算は控除の話などが入ってややこしいので、実際どれくらいのところだったかはわからないが、有馬のいう「知財と企業案件が多くて忙しい」状況とはかけ離れた状態だろう。そんな中で烏丸のいう「年収は敵っただろ。」という返答や1泊10万の部屋など、現実とのギャップが大きい状態である、という話だ。
また、それに対して有馬は「金があっても本当に欲しいものは手に入らない。」と口にする。これはうまくいかなかった家庭に対する悔いなのか、実際には仕事もうまくいかず、本当に欲しいものどころか金さえも失ってしまう状況に陥った絶望感なのか、はたまた自身の健康状態や烏丸への思いも含まれるのか定かではないが、有馬の精神状態がギリギリであることをよく表している。このあと、烏丸は法廷を理由に席を立つが、有馬の現状を知らない状況でやりとりをしており、そもそも有馬が「昔から悩みを隠すタイプだった」ことも手伝って、察しきれない部分もあっただろう。
しかしこのあと「男はみんなそうかもしれない。」と、なにか思い当たる節があるのか、烏丸は有馬に限らず「男は」という一般化を行い「悩みを隠す」ことについての範囲を拡大する。この「男は」という部分において、現代の日本社会において男であること=強くあることを求められやすい価値観のなかで弱さを発信することの難しさ、一般に弱さとして扱われる精神の病、ひいてはその病を引き起こす要因についても沈黙を強いられることについての苦しみが想像される。現代社会の難しさや閉塞感、とくに若者や弱者のありようについて本作ではたびたび触れられているが、ここにもまたひとつの「生きづらさ」が顕現しているように思えた。

まとまりがないが、今回の事件をきっかけに、自己と他者を切り離して扱うことができるのかどうか、エピソードの最後まで見守りたい。逆に変わらないのであれば、そういった烏丸の生き方や考え方を一つの可能性として、『九条の大罪』という物語を読み進めていきたい。

日本の社会情勢や経済状況についての語りも多くあったが、そこについて振れると文字数がえぐいことになるのと、時間が間に合わないので、また触れる機会のあるときに。おそらく、本作品は現代社会を抉り出すように描き出すものになるので、現代社会について語る機会は今後も存分にあるだろう。

コメント

WP Twitter Auto Publish Powered By : XYZScripts.com