◆「EZ2AC遊び方【ゆっくり解説】」をつくってみて

WGCさんに置いてある韓国の音楽ゲーム「EZ2AC」をもっといろいろな人に遊んでもらいたいと思い、遊び方の解説動画をつくった。

韓国の音楽ゲーム「EZ2AC」遊び方【ゆっくり解説】

音楽ゲームはブログでつらつら書くよりも実際のプレイ動画を用いて説明したほうがイメージしやすいので、やったこともない動画制作に無謀にものりだしてみた。わずか5分足らずのものをつくるのに8時間強かかったが、なんとか形になって安心している。だいぶ消耗したが、心地よい疲れだった。

コンテンツをつくってみて気づくことは多い。まずはその手間と時間のかかること。かんたんなところからいくと、ふだん見ているチャンネルがどのようにできたかがわかる。定期的にアップしているなら見上げたものだ。「早く次のが見たいな」とのんきに思っていたのだが、とんでもない。こんなたいへんなものを、せかしてはならない。おなかがすいたときに「ごはんまだ?」と言ってはいけないのとおなじだ。

むしろ次が重要なのだが、ものをつくる目的ははっきりしていたほうがいい。なにかをつくるということはその多くに目的がある。わたしの場合は「ものごとを伝える」ために、つくる。今回の動画は「この希少なゲームをもっと遊んでほしい」という思いでつくった。ここで、これまでつくったものたちをふりかえってみる。料理、エッセイ、絵、小説……。料理は言わずもがな、食うためだ。ここでのエッセイは文章の修行、絵はあまり「こういうわけで絵を描くのだ!」というのが出てこないので、もしかするとわたしには向いていないのかもしれない。つくってみて心の状態であるとか、考えていることは浮き上がってくる気はするけれども……。

では、小説はどうか。自分の世界を表現したいというのはたしかにある。しかし、その「書き表したい」のふたをあけてみると、なにが?どこで?どういうふうに?どうして?……いろいろなことがあいまいだ。ここがより明確になることで目的意識が高まり、きちんと小説と向き合い、書けるようになるのではないか。急に詰まって頓挫してしまうのも「なんかいいや」と投げやりになってしまうのも、このあいまいさなのではないだろうか。

よもや動画をつくって、小説の停滞に目を向けることになるとは思いもしなかった。しかし、よい機会だ。向き合う時間を設けよう。今の作品のかんじは、なんだかいけない。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。今後、いろいろなことに話題がとびそうなので、朝の文章を「おきてねむる」カテゴリ以外にも入れていくことにしました。今日はEZ2ACの話をしたので「ゲーム」です。

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