月にいっぺん、同人サークルの当番が回ってくる。わたしは主に小説を連載しており、そろそろ折り返しといったところまできた。

小説はすべて、同じ星のなかで起きている話だ。ときどき昔のを引っ張り出して新作のイメージづくりをしたり、頭のなかにある年表を思い浮かべて、同時代に何があったのかを考えたりすることがある。ときには空想にひたりすぎて、しごとの手が止まってしまうときもある。

それにしても昔の作品を読むと、どれも顔から火が出る思いがする。昔であればあるほど、言葉が出てこなくなってくる。どこもかしこもつたなすぎるのだ。大学生くらいになって自室のそうじをしていたら、厨二病暗黒期のノートがどこからともなく出てきてしまったときのような気恥ずかしさがある。しかも、厨二時代と違って自分のつたなさを自覚しているので、読み返したときの後味がよけいに悪い。しかし読み返さずにはイメージも広がらない。地獄だ。

今も相変わらずそまつだけれど、昔の作品を少しでもましにしたいという思いから、書き直したい気持ちに駆られることがある。だがいくら体裁をよくしたところで、当時の情熱や発想を活かしたまま洗練させるのはむずかしい。にんげんにはその時にしか作れないものがある、とある人が言っていた。厨二病暗黒ノートがその代表格だろう。今「厨二病暗黒ノートを1冊描いてくれ」と言われても、どだい無理だ。謎の紋章をイメージする力も常用漢字に鮮烈なルビを与える力も、とうに失われてしまった。

文章を書きつづける限り、この地獄からは抜け出せない。紡いだつたないことばの鎖が、わたしの足首に絡まっていく。作品を紡げば紡ぐほど、足取りは重くなっていく。この地獄を引き受けて一歩一歩進み続けることでしか、ことばは上達しないのだ。苦しい道のりに違いないが、わたしはひとたび目標を決めて歩き始めたら、止まることができない。いつかこの地獄を愉しめるくらいになってやる。地上のきらきら光ることばたちを仰ぎ、ひとり誓った。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。なにげにこのエッセイも半年が過ぎまして、当初はそもそもが自分の文章の修行のため、せいぜい3人くらいが読んでくれればいいやと思っていたのですが、思いのほかいろいろな方が感想をくださり、はげみになっています。これからもよろしくおねがいします。