◆悪の卑小と孤独 『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』感想

 ナチスの医師ヨーゼフ・メンゲレをご存知だろうか?ここでは感想を書きたいので詳しくは触れないが、凄惨な人体実験を繰り返したことで有名だ。詳しく知りたい方は「双子実験」でググッてみるといい。あまり気分のいいものではないので、元気のないときはやめたほうがいい。

 この本はナチスの医師ヨーゼフ・メンゲレが戦後、南米に逃亡してからその生涯を閉じるまでのノンフィクション小説だ。メンゲレは裁きを受けないまま亡くなったというのがよく言われる。ちょっと調べてみても「海水浴中に死んだ」というのしか出てこない。これではあまりにもあっけない。何かあるのではないか。それが知りたくて手にとった。

 結論からいうと「海水浴中に死んだ」のは、長らく偽名で逃げ続け、憔悴し、加齢のため衰弱した心身ゆえに起こったことだった。彼は追っ手に対しては慎重に動きながらも、匿ってくれる味方に対しては暴君のごとく振る舞っていた。とうぜん、年を重ねるたびに彼を守ってくれる人間は離れていく。すべて彼が起こしたことだ。読み進めていけばいくほど、彼は孤独になっていく。最初は良好な関係を築いていても、自身が安全だとわかるとたちまち傲慢になっていく。気に入らないことに楯突いては衝突し、暴力沙汰になることもあった。しかし、これはすべて彼自身が招いたこと、自業自得だ。自らを客観視できない愚かさが彼の人生を縮小していったのだと思う。

 これはメンゲレに限らず、よくある話だ。自分勝手に振る舞うモンスターとお近づきになりたいという人はそうとうな酔狂だ。メンゲレという、ナチス時代に「死の天使」と恐れられた人間ですら、こういった卑小さをもって生きていた。「悪」というものは案外わたしたちのすぐ近くにあって「死の天使」のような得体のしれないことばで片付けてはならないのだと感じた。訳者もあとがきで、著者が悪の卑小について描こうとしていたのではないかという示唆しており、大切にしたかったのは彼が逃亡時にこまごまとあれをやった、これをやったという伝記ではないのがわかる。

 それでもメンゲレの逃亡の軌跡や当時の南米の状況、匿ってくれたひとびとについても丁寧に書かれており、歴史を知るのにも有用な一冊だった。しかしこれはあくまでノンフィクション小説、やはり書かんとするところは「にんげん」の一側面なのだ。そんなことを感じる一冊だった。

 今日も読んでくださり、ありがとうございます。戦争関連の本はちょっと読みたいものも多く、どれから読もうか非常になやんでおります。

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