秋の終わりから、1日1つ短編を読むようにしている。暦の上では春が近づいて、そろそろ90日くらい経つのかしら?ちかごろは「習慣づけたし読もうかな」という義務的なかんじから「読みたい!」というふうに熱が上がって自発的に読むようになった。ほんとうにありがたい。

習慣づいてきて気づいたことがひとつだけある。

たくさん時間をもてあましているとき、とくに休みの日……に読書を選ぶ。読みかけの短編集をひらき、読み始める。短編なので、1時間かからないで読み終わる。感想を書いて、次へすすむ……こんな調子で読み進めていくと、読書を終える頃にははじめに読んだ短編の内容を忘れている。 1冊の短編集を読んでいると、作者の世界観がなんとなく見えてくる。作品の舞台や主人公らの境遇がちがっても、醸し出すエッセンスがどこか通底しているのに気づく。感受性や 記憶力の乏しさもあるかもしれないけれど、それが混ざってしまうのだ。ゲームに例えるならば、近い世界観のRPGを並行して遊んだ結果、各ゲームのシナリオがごちゃ混ぜになってしまうのと似ている。わたしは複数本のRPGをいっぺんに遊べなかった。遊んだとしても混ざったり、どちらかを忘れたりしていた。

いっぽう、長編にこういうことは起きづらい。短編ほど物語がぐんぐん進まないうえ、話の筋もつながっている。RPGも、ひとつに絞って遊べば記憶もよくもった。うっとうしいくらい語ることもできた。

この、短編(とわたし)の弱点は、時間を確保できるようになったからこそ見つかった、しあわせな弱みである。ゆとりのあるとき、長編小説に手を出してみようともくろんでいる。肝心な「何を読むか」がまったく決まっていないのだけれど、長らく人のおすすめを読んでいたこともあるのか、自分でえらんだものを読みたいきもちがわいてきている。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。習慣の進化が近づいているのだとおもいます。