■揺らがない、うつくしさ

『フェルマーの最終定理』という、30年くらい前のノンフィクション小説を読んでいる。わたしは大学の折は哲学徒であり、研究していたのは古代ギリシアの思想であった。大学が文献をベースに研究を進める色が強いところがあり、何が言いたいのかというと、こてこての文系だということである。高校の頃、数学はIIBまで履修したが、楽をしたく推薦入試で受けられる大学を血眼で探し(こういうところで全力を出せるのは長所とも言える)、当時打ち込んでいた音楽ゲーム(そのときはポップンミュージックだった)のため、放課後は友人のいるゲームセンターへ直行、勉強などさほどしていないのでないのと同じであった。

実は、本作を勧められたのはなんと大学在籍時で、果たして自分などに読めるものかなと敬遠していることがあった。だいぶ時をあけて手に取ってみたが、読み始めればあらあら楽しい。数学の知識はあるとよいが、とはいえ、ピタゴラスの定理や完全数について解説も付され、図示されてもいるので、必要なのは数学の知識よりは、表現された内容を理解する読解力のほうであった。

本作の何が楽しいかと言えば、序盤にも書かれているのだが「数学は一度証明が正しいとわかれば未来永劫正しい」という構造の絶対性である。科学でさえ、別の事象があらわれることでひっくり返ってしまう。しかし数学は違う。あまりきちんと考えてこなかったが、これはすごいことだ。そうでないと、事業なんかやっていけないもんな、それどころか生活が?揺らぐよな。

似たようなことでいくと、物理も知りたいと思うようになった。気になりだしたのはやはり、SFを読むようになってからだろう。わかるともっと楽しめる箇所が増えるのだろうな、とはいいつつ、今のよくわからなさでも楽しめてしまうのはすごいななどと思いながら劉慈欣やテッド・チャンを読んだ。高校では、歴史も科学も科目をいくつかピックするのだが、物理はとらなかったので、力光音というあやふやなイメージしかない。フェルマーのほうを読み終えたら、休みの日に勉強を進めていくつもりでいる。8月から9月の前半は暑さと人混みとが東京はえげつないので、こういった静かな活動を始めるのに向いている。

こうして自分と世界との間に接点が増えるのは楽しい。思えば音楽のジャンルなどもそうで、小さな頃から音楽を積極的に聞かない生活であったので、音楽ゲームのおかげで「今はEDMがポップスにも取り入れられているんだな」とか「この12分の音が小気味いいな」などと解像度を上げられるようになった。学ぶことのよさはここだよな、というのは確固たるものになってきていて、学ぶにつれ、ものごと同士の接点がより見つかりやすくなり、学びが輪をかけて楽しくなり、知の循環とでもいおうか、がすこぶるよくなる。まだまだ読み始め段階だが、楽しくつきあっていけそうでうれしい。

読んでくださり、ありがとうございます。接点の話はまた別立てしたいところもあり、とにかく夏の入り口はそんなことばかりでとても楽しかったのでした。

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