■負けない候補2

やりたいことができないのは生活のどこかで悪いスイッチが入ってしまい、楽な方に流されてしまうから、というお話の続きで、そのほかにもリワードがあるスマホアプリって続くよねということにふれたい。

連続ログインや継続のリワードがあるから!やります!というほどの大きな動機ではないのだが、着々と重なっていく数字がなんだか育っているようでうれしいなぁ、という気持ちはほのかにある。生き物全般を育てられない自分でも、育てられるものがあるのである。

その最たる例が音楽ゲームで、カードに記録が保存される。最近でいうと、これまでDBR(iidxのシングルプレイの譜面にランダムをかけ、ダブルプレイの左右のレーンにそれぞれ降ってくるようにする玄人向けの遊び方)は記録が残らないためやっていなかったのだが、外部のサービスで格段にログをつけやすくなったため、たまに遊ぶようになり、「あ、仕組みが人を変えることってあるんだな」と感じた次第であった。結果的にスコア的に相性のよくない筐体でもあいていれば遊ぶようになり、上達に寄与していればといったところだが、変化してまもないので年末くらいまで様子をみたい。

では、うまく行えていないことたち(ケーナ、アラビア書道、ときどき筋トレ)でどう成果の可視化をしていくか。ひとつ、読書はうまくいっていて、これまで挙げてきた本を月毎にまとめていった。過去の分はまだだが、今年だけでもそこそこ読めている(大半は三国志だ)。かんたんでもいいので「やれてるなあ」「おぉ、気づけばここまできたのだな」と自分に思わせられれば勝ちだ。ただ、前にあげた3つはリワード的なものをつかみにくい。ケーナも書道も、演奏した曲数や書いた紙の数よりは上達の方が達成感があり、音の安定感がでてきたり、レッスンを受けにいって客観的な評価をいただいたりする方が効果的である。

そのため、ケーナに関しては今使っている手帳にケーナの欄を設け、吹いた日の気づきを蓄積してみようと思う。まだ音がかすれるので、安定したかどうかなども見つけやすいはずだ。一方、アラビア書道は正直素人目におけるできる・できないがわからなさすぎるので、ちょっとどうしようかなぁ、と思っているが、月1回のレッスンにしっかり参加をして先生のフィードバックを受けて考えたい。筋トレは、筋肉が育つとあきらかに引き締まるのだが、そのプロセスのさなかではわかりにくい。やったらお金を入れていくという形で貯金するシステムもいいのかな。続けるルーティンが定まればこういった工夫をしなくてもよいのだが。むむ。

読んでくださり、ありがとうございます。なにせこの小さなエッセイも今回で619です。こういうところが大きいのです。

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