帰宅して一息つこうとリュックをひらくと、水筒がなかった。まぁ前職のときから職場に水筒を置き忘れることはよくあったし、中には水か白湯しか入れないので多少放っておいてもだいじょうぶだろう。今日はつかれたし、週明け回収したらいい……そう思ってリュックの中身をあらためていると、じょじょに血の気が引いてきた。手帳がない。まずい。即座に職場に連絡をし、トイレに行こうとしていたのも忘れて自転車を漕いだ。なんだかチェーンのあたりがキリキリいっている。わたしのこころの音と呼応しているのだろうか。

手帳には体調のこともあれば創作のことやしごとのこと、そのとき考えたことなどとにかくなんでも詰まっており、忘れんぼうであるわたしの、もうひとつの脳といっても過言ではない。脳を職場に置いて土日を過ごすのは考えられない。しかも、しかもだ。職場のひとはもう一人前のおとななので、ありえないと思うけれども、中身を見られてしまったらと思うと気が気でない。そのとき、中学時代の創作ノートを覗き見られたときの恥ずかしさが、ぐっとよみがえってきたのだ。今の手帳に闇の紋章やカタカナでルビを振った必殺技はないけれど、わたしにとって脳内を見せるのは恥部をさらすのとなんだか似ている。しかし開いたまま置いてきたような気もして、もしそうならわたしがいけない。下着を履き、ズボンのチャックとベルトをしめるのは秘密を守る側の義務だ。

息も絶え絶えで職場の階段を駆け上がり、万年筆のクリップでしっかり閉じられた手帳をみつけた。わたしがやったのか、そうではないのか、もう忘れてしまっている。とにかく手帳があった、それでいいではないか。職場を出てからリュックをうちに置いたまま来てしまったことに気づき、自転車のかごに手帳と水筒を直につっこみ、がらがらと耳障りな音を鳴らしながら帰った。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。ひさしぶりにおおあわてでした。