「いけない」と思うときはもう遅い。くちびるの裏側、左下にあるふくらみを、上のいちばん大きな切歯がうっかり噛んでしまうことがある。食うにも飲むにも必ず通り道になるところにおおきな口内炎ができてしまい、しばらく歯磨きや食事がつらくなる。ほうっておけば治るはずが、忘れたころに噛んではふりだしに戻る。たいがい疲れているときや眠たいときにやってしまうので自業自得なのだけれど、それにしたって厄介な現象のひとつである。

なぜ人は同じところばかり噛んでしまうのか。まるで約束されていたかのように、同じ歯とくちびるがかち合う。からだの仕組みから考えるならば、おそらくそのひとの噛み合わせや食べるときの歯の使い方でその箇所が決まるのだろう。しかし一方で、その説に味気なさも感じている。それほどまでに同じところを噛んでいるのにはなにか理由があるのかもしれないと、空想癖のわたしは思ってしまう。こういうことを考え始めるとその世界に入ってしまって、いったん満足するまでは抜け出せなくなる。そういうときに限って誰かが大事な話をしているので、すっぽり聞き漏らしてしまうことがある。わたしの数ある悪癖のひとつだ。顔に出ないのもたちが悪い。

話を戻して、空想のうちのひとつはこうだ。くちびるの内側には「なにか」がかくされていて、それを手に入れるためにもっとも硬いパーツである歯が外殻を裂き、中身を取り出そうとしている。うっかりくちびるを噛んでしまうとき、ひとは無意識である。ふだん意識できないレイヤーにある「なにか」を本能が察知したとき、歯とくちびるがかち合う。「なにか」はどこかで失った自らの一部分かもしれないし、全く未知の秘宝かもしれない。くちびるは言葉を吐きだすこともあれば、きゅっと閉じてゆずらないこともある。秘密が眠っているといえば、もっともらしい部位といえる。

じっさい「なにか」を見つけたことなどなくて、かち合った痛みに目を覚ましては口内炎に悩まされるだけなのだけれど、何度もめぐり逢う両者に思いを馳せてみると、運命じみたものを感じてしまう。おととい何度目かわからないかち合いがあって、今朝になってもまだ痛みつづけている。外殻が裂けて秘密が暴かれる日は来るのだろうか、それとも……。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。おやすみの日はいろいろやっていて9時をすぎてしまいますね。揃ったほうがきもちがいいのですけれど。