冬は1年のうちでもっともげんきでいられる。そのぶんやたらとおなかがすく。朝起きたとき、お昼の直前、たべて少し経ったあと、3時ごろ、夕方の退勤後、夜中のめざめ……気を抜くといつでもどこでもあらわれる。

これまでは体重の数値を気にしてたべないようにしていた。最近は少し思うところがあって「たべたい」と思ったらしたがうことにしている。無意味にたべたくなることはほとんどない。時間が経って、ストレスにさらされて、ねむくなって、口さびしくて……かならず「たべたい」の後ろではなにかが起きている。とくにストレスによって引き起こされる「たべたい」は、ほかのものと替えるのがむずかしい。手軽にからだを満たせそうなイメージのある酒やたばこはできないし、ガムはうっかりのんでしまうし、本やゲームでおなかは膨れない。空腹がすぎるとねむれもしない。

それに、いまではこころ強い味方がいる。まだまだ育てている最中だが、筋肉がついている。筋トレはそもそも、増えすぎた体重を減らすためにはじめたものだった。3年経ってついに、神出鬼没な「たべたい」に怯えることがなくなった。去年の秋からまいにち体重計に乗るのもやめた。いまはせいぜい、旅先の温泉で乗っかるくらいだ。太っていたころからの信条で、出先ではぜったい「たべたい」をうらぎらないようにしていた。昼の直後であろうと高かろうと前にたべたことがあろうと「たべたい」と思えばたべる。いつもより確実にぜいたくをしているときの数値が安定していれば、日々の数値もおよそ安心できるものなのではないか……そう思った。ばかみたいにたべても数値に響きづらくなるしくみはよくわからないけれど、筋トレ愛好者のよく口にする「筋肉はうらぎらない」というのは、どうやらほんとうのようだ。

「たべたい」をうらぎらなくなってからというもの、おだやかでいられる時間が増えた気がする。ここまで体重の数値や筋肉のことをさんざん書いてきたけれど、いちばん喜んでいるのは心かもしれない。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。気が小さいものですから、はからずして胃の容量を小さくしておいてよかったなぁと胸をなでおろしています。