昨年末、ひょんなことからモレスキンの手帳が手元にやってきた。なんとなく「由緒ある、よさそうな手帳」だと思っていたモレスキンだったが、さっそく使ってみれば万年筆が裏抜けしてしまうという、万年筆づかいにとって致命的な欠陥をそなえていた。「よさそうどころか、ぜんぜんよくないやんけ……。」わたしは絶句した。

インターネット各記事や先輩の話を総合すると、モレスキンが裏抜けするのはしかたないようだ。万年筆どころかゲルインキボールペンも裏抜けするときがあるし、書き心地もトモエリバー(「ほぼ日手帳」に採用されている紙)にくらべるとよろしくない気がする。しかしそれでも、モレスキンは世の中で一定の支持を得て世に広まっている。なぜなのか。

ひとつはそのブランド力だろう。「モレスキンはゴッホ、ピカソ、ヘミングウェイ」をはじめとした著名な芸術家たちの使っていた「伝説のノートの相続人・及び継承者」だという。個人的には伝説そのものではなく「相続人及び継承者」というのが伝説の質を高めているような気がしてワクワクした。実際RPGでは伝説の勇者本人より、伝説の勇者の継承者(主人公)のほうがだんぜん強いことがおおい。長い歴史を感じさせるロマンあるコピーと「伝説」という、およそ文房具にはあてないであろう形容が、ひとびとを惹きつけるのかもしれない。

しかし、いくら看板がりっぱいでも中身がいまいちではひとも離れる。それでもモレスキンユーザが多いのは、もうひとつ理由があるようだ。それは他の手帳にはない「世界観」だ。モレスキンは公式サイトやガイドブック、インターネットで使い方の共有の場を設けている。なかでも公式のコマーシャルは文房具のそれとは思えないほど洗練されており、この文房具らしからぬ演出が、ひとびとを魅了しているようにみえる。ユーザにとってはおなじ世界を共有し、それをヒントに自分の世界を豊かにしていく過程がおもしろいのかもしれない。これは「ほぼ日手帳」にもおなじことが言えて、ユーザの使い方紹介をしたり、作り手のこだわりを語るページが「ほぼ日」内に設けられている。

たまたまモレスキンをいただき、いざ使ってみて「ぜんぜんよくなかった」おかげであたらな知見がひろがり、不幸中の幸いというか怪我の功名というか、そんなきぶんである。たまにはこういうのもいいかもしれない。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。わたしは「一に実用、二におもしろさ」が決め手ですので、モレスキンがおわったらロイヒトトゥルムあたりにしようかなと思っています。理想をいえば2冊持っているとなくしそうなので、最終的にはスケジュールと読書記録をいっしょにしたいのですけれど、そんな品が果たしてあるのかしら……。