だいぶ前「水無精」というエッセイを書いた。相変わらずの状態で今の季節を迎えているのだが、もうひとつわたしには悪い癖がある。

上で書いたのは、水分摂取をさぼってしまうこと、いわば入れる方の話だ。今回書くのは出す、要するに排出の話である。わたしは入れる方だけでは飽き足らず(?)、出す方もがまんしてしまう。もちろんやりたくてやっているのではなく、癖になっているのだ。

こちらが水無精とちがうのは、こうなった心当たりがあることだ。時は小学生のころに遡る。

わたしは「りぼん」や「なかよし」といった少女漫画はいっさい読まず「コロコロコミック」一本で中2まで過ごしてきた。ここからの記憶はいささかあいまいなのだが「コロコロコミック」には読者の投稿コーナーがある。読者といってもおなじ小学生なので、呆れるくらいくだらない話がじゃんじゃか掲載される。そのときのテーマは「大発見」だったか、とにかく3年生くらいの少年(当時は同い年くらいだが)の投稿を見て、わたしのからだに備え付けられた好奇心という好奇心がしびれた。

「うんこを限界までがまんしてからトイレにいくとめっちゃ気持ちいい。」

小学生なのでとうぜん信じて機が熟したころに試す。ほんとうだった。小学生のわたしは、住まいも顔も知らぬ少年の大発見に大感動した。以来、己の限界を見極めながらトイレに行くこどもへと生まれ変わった。引っ込み思案で「トイレに行きたい」と言い出せなかったことも手伝い、膀胱炎の発症が多かったこのは言うまでもない。

さすがにもう膀胱炎にはならないし、大発見の輝きも色あせている。水と同じく「今じゃなくても大丈夫そうだ」とめんどうくさがってしまうのは健在である。職場でトイレに行きたいと思っても「あとでいいか」を繰り返し、結局忘れて帰宅するパターンはたびたびある。こういった生理的欲求を後回しにするのはよくないとわかっているのだが、根がぐうたらなのでどうもさぼってしまう。

ここではたと思う。わたしが夏に体調をくずすのは、ただ暑さが苦手なのではなくて、水も排出も無精すぎるせいではないか。というわけで、今年は始まる前から夏に屈するのではなく、からだのなかできちんと水の循環を作ったうえで、立ち向かえるよう舵をとりたい。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。本文の文字数はどの記事もチェックするのですが、今回はちょうど931文字でした。なんということか……。