◆白いキャンバス

いろいろな事情が重なり、いま勤めている会社をつくったひとの家に行った。アクセスもよく閑静で、住みやすそうなところだった。

まずおどろいたのが、壁の豊かさだった。おそらく持ち家というのもあるだろう、小柄な女性の目線にあわせて時計や映画のポスター、管の長い異国の楽器が飾られていた。少し高いところに目をやれば、虫ピンの跡があちこちにあった。

なかでもわたしの目を引いたのは、四人がけのソファと同じ幅をもった、大きな世界地図だった。くすんだ金色の額におさめられている。海には船の絵があしらわれており、オレンジの線で航路が示してある。南極のほうへ目をやると、大航海時代のあらましが書かれていた。ちょうど世界史を学びなおしていたので、胸が高鳴った。

高鳴りとともに、意識がトリップした。行き先は創作世界だ。じぶんの考えた星の地図と、今書いている話が頭に浮かぶ。彼らはどの時代にあって、どこへ向かい、どうなっていくのだろう……書きながら壁に目をやれば、創作世界の地図がある。広がる想像、すすむ歴史……とてつもなく、わくわくした。部屋に地図はあったほうがいい。

自宅の壁を思い浮かべた。我が家は賃貸なので、退去時のことを考えてポスターの類も、時計もつけていない。せいぜい備え付けのピクチャーレールに、アトリエでつくった作品を掛けているくらいだ。それも寝室にあるので、じっくり見る機会はない。いっさい主張のないリビングの壁。まるで白いキャンバス。賃貸の制約のなかで、もっとこの部屋をおもしろくできないだろうか。

契約以来開くことのなかった書類を探し、隅から隅まで読みはじめる。きっとなにかしら、できるはずだ。制約の穴を探すより、わたしの頭の中にしか存在していない地図を紙に描き起こすのが先だと思うのだけれど、そういう順番を変えられないのも、わたしらしさだ。過程も制作のうちだ。誰かからの依頼でもなければしめきりもない勝手なものづくりだし、多少遠回りでも、いいのだ……。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。濃い旅だったのでおひるどきまでねむっていました。

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