小説を書きたいと長らく思っている。大学時代はこれでも文芸サークルにおり、あまりまじめではないものの時々なにかを書くなどしていた。
働きはじめてからもっぱら書く時間を取れないどころか、構想を考える脳のリソースも残せずにいる。だから、なにか漠然と書きたい人となりつつあり、「これを書きたい!」といった強い衝動のようなものは若い頃ほどはなくなってきている。ただ、小説を読むこともあって、読むに至るまでの経過には、自分の知らない物語を求めているところがあるのかもしれないし、実際にSFを選ぶことが多いのはそういうことだと思っている。
「物語る」ことが、生きる上での淘汰といわれてしまえばそれまでかもしれないが、今の私に、そこまでしてやらなければいけないことなどないような気がするし、「物語る」ことが淘汰されてしかるべきものでもないような気がしている。ただただ「気がしている」だけなのだが、こうして感じたことを率直に文章にしていく時間をとってみたことで、着実に周囲のノイズのない中、自分で考える機会が増えていっている。そんな中で、あらためて「小説書きたいな」が出てきたわけで、その気持ちを大事にしたいと思うに至った。
この調子で何かうまく、物語る機会につなげていけたらと思う。この、エッセイ的な吐き出しを続けることがいいのか、いっそ「物語る」ことにむけて取り組むのがよいのか。なによりもまず、スマホゲームに費やす時間を、仕事の時間を少し削るべきだと思う。ルーティンになっていけばそれが一番だが、まずは余計なことに意識が逸れないよう、ノートとペンのアナログな環境で取り組んで、様子をみてみようか。
読んでくださり、ありがとうございます。どんな話を書きたいか、何も浮かんでいないのですが、日々思うことを実現できるだけでも、話の種にはなるのか、想像する種はあれど、それを育てていくだけの時間や集中のできる場面があるといいのかもしれません。
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