◆相棒の傷

朝、職場で荷物を整理していると、リュックの底がぬれていることに気付いた。水筒にいれた白湯がこぼれたのだろうと思いきや、弁当箱を包んだランチクロスが頭からおしりまでびちょびちょになっている。嫌な予感がして鼻を近づけると、リュックからは詰め込んだスープのにおい。クロスを解いてみれば、密封性に自信のあるタッパーのふたが、ほんの少しずれていた。すぐさま荷物を救出し、裏返して流水で洗う。幸い底面以外は乾いており、スープの打撃はなかった。しかしさすがに流水だけで匂いは取れなかった。始業時間になってしまうのでしかたなくピンチハンガーに干し、タイムカードを押す。
「一秒でも早く帰って中性洗剤で洗って、乾かしてやりたい……。」わたしは、朝からリュックのことで頭がいっぱいになった。このリュックとのつきあいはまだ1年半ほどだが、すでに1年の大半をこのかばんがまかなっているので、これがだめになってしまうと、他のかばんを買いに行かねばならない。ひとつひとつのものをしっかり吟味してから買うようになったからなのか、20代を折り返してからというもの、「買い換える」ということがひどくおっくうになってきている。
こういうときに限ってちょっと残業が発生してしまい、30分ほど遅い退勤となった。体感2倍速で自転車を漕ぎ、浴室でリュックの裏地を洗ってやる。思えばリュックの裏地は、こういうときしか見ない。隅のほうに、万年筆のインクの漏れた跡をみつけた。洗剤ではおちない。あとはおおむねきれいで、割と酷使しているつもりでもタフなものだなぁと感心してしまう。シャワーで流すとスープの匂いも排水溝に落ちて、すっかりもとのリュックにもどった。手頃なところに引っ掛け、浴室乾燥を起動した。終日そわそわとしていた気持ちが、やっと落ち着いた。
たいへんな事件だったが、もし何も起こっていなかったらリュックの裏地を見ることもなかったのだと思うと、スープを憎めないきもちにもなってくる。隅にあったインク跡など、洗うことがなければ気づかなかっただろう。リュックとわたしの歴史を垣間見たという意味では、これもいい経験だったのかもしれない。またときどき、洗ってやろうと思った。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。ものと自分の冒険の歴史はもっとていねいに見つめてみてもいいのかもしれません。

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