◆展示:倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙

立体作品やインテリアはほとんど見たことがなかったものの、暮らしに関わるものが対象だったおかげか、非常に親しみやすかった。

印象的だったのはやはり、ガラスやアクリルで作られたインテリアだ。机、椅子、傘立て、いろいろあったが、作品のなかに、割れたガラスを1枚のガラスで挟んでいるバーカウンターや、造花のバラをとじこめた椅子があり、本来、自然の中にあっては、とうぜん移ろい、変化していくものを固定せんとする意思を感じた。これはいわば、移ろい、変化していくものを留めておく、本当であれば流れていってしまった(割れたガラス、枯れた花等)時間に対する挑戦ではないだろうか。そうでなくとも、たんじゅんに、ガラスやアクリルのつくりだす影がとても、うつくしかった。その影も含めて、一つの作品のようにみえる。

序盤のまがりくねった引き出しや、徐々に拡大していく引き出したちも、全然教養はないのだけれども、数学的な無限性というか、そういった宇宙的な広がりに対する期待を感じた。それこそ空間が無限、縦横無尽であれば、いつまでもどこまでも続けていけるかたち、デザインだなーと思った。

また、これらの作品から、デザイン、およびそれの宿ったインテリアから、コミュニケーションをうみだすことを考えているデザイナーと感じた。人と人とのコミュニケーションが1991年からみるとだいぶ大きく変わった現在に氏が生きていたら、また異なるアプローチの作品も多く生まれていたように思う。

アーティストも、空間と作品を繋がんとして制作することがあるが、この人の場合は空間がまずあってそこに感じ取ったものや想像をインテリアや空間そのものにデザインしていくという感じがした。感覚や記憶、想像といったものにたいする感度が繊細で、それを言葉にしたときにとてもやわらかい。そういった意味でも、それぞれの時代の中に即して生きてきた人なのかもしれないなーと感じた。

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