今週はチェンソーマンの最終回もあり、いそがしかった。
前回まで(第7審)のあらすじ:司法ソーシャルワーカー薬師前は、曽我部に全ての罪を被せることの意図を九条に問い、刑を最も軽くするためだという答えに納得がいかずにいる。一方、金本は壬生と無罪放免となったことに礼を述べつつ、10代とおぼしき少年とリンチ行為に明け暮れる。その後壬生は、震える少年に血みどろのハンマーを手渡し、暴力の罪を他者に被せるのであった……。面会室にて曽我部と対面した薬師前は、同じく金本親子に虐げられていた父が、額に入れられた「うんこ人間」の刺青を痛みを耐え忍んで消したという事実を伝え、真実を話してもいい、罪を被ることはおかしいと説く。父の話に驚く曽我部だったが、九条が自分を守るために立ち回っていることを理解し、薬師前の提案を退ける。
今回の話
前回の九条の狙い通り、曽我部には大麻の単純所持で1年6ヶ月の実刑判決が下された。配給された食事を前に、丸刈りにした曽我部は袖を捲り、刺青を見つめる。父が金本に入れられた「うんこ人間」の刺青を消したことは、少なからず曽我部の心に変化をもたらしたようだ。刑務所で行進、身体チェック、工場での作業と、粛々と時間が流れていく。刑務官から呼び止められ、警察の調べを受ける。金本については営利目的で大麻を所持している疑いで調査をしているという。曽我部ひとりで罪をかぶることは不公平ではないか、薬師前と同じことを警察は言う。取り調べにだんまりの曽我部に「いい加減なんかしゃべれよ!?」と凄んだところ、曽我部は「刺青を消したいです。」と、右腕を押さえて伝えるのだった。
ところ変わって、壬生の仕事場である自動車整備のガレージでは、金本が壬生のガールズバーのプレオープンを祝っている。まくしたてるような褒め言葉をみるに、少々饒舌なようだ。潰れたキャバクラで狙っていた女の子もその店に入るといい、彼女とおぼしき女性に気づかれないよう家を出てきたという。壬生は適当に返答し、シャッターのおろし方を尋ねる。金本はボタンを押し、ガレージのシャッターを下ろす。壬生はもう少し仕事があるようで、少し待ってほしいという。半グレの金本からしてヤクザの壬生は逆らえる存在では到底ないので、素直に従う。シャッターが下りたとたん、壬生はスタンガンを手に、背後から金本に忍び寄る……。高圧洗浄機のような機械をビニール袋で顔を覆った金本の口元に押し込み、バケツの水を流し込んでいく。金本は全裸で、鉄パイプを軸に縛られている。
さらに場面は九条と烏丸に移り、どこかの川辺のようだ。曽我部の扱っていた薬物の元締め組織である伏見組の幹部が逮捕され、九条が弁護をすることになったという。急な展開に烏丸はどうしたのか尋ねると、警察へのタレコミ(密告)により、幹部の愛人宅に捜査が入り、2.5kg5千万円相当のコカインが欧州されたという。愛人宅ではブラジルから化粧品と偽って空輸されたコカインが発見され、荷物を受け取った愛人は現行犯逮捕され、共犯として幹部も逮捕されたという。その化粧品を受け取り、売人のところに運ぶ予定だったのが金本だったという。その段取りは情報傍受対策からか、通信アプリでやりとりされており、情報は当事者しか知り得ないものだった。金本は疑われたが、幹部が逮捕された日から行方不明になっており、飛んだ(逃げた)という噂も出たという。失踪届を出した同居人のミヨコは操作に協力して金本の古いスマホを提出したそうだ。暗証番号も知っており、浮気チェックもしていたと。烏丸が、金本は見つかっていないのか尋ねると、九条は金本の水死体が見つかったと答える。死因は大量の水を飲んだことによる窒息死で、肺の水の成分は今ふたりが話している河口のものと同じだった。
そんな話の中急に、烏丸は九条にネクタイを貸して欲しいと頼む。友人の披露宴があるが、結び方がわからないので一本も持っていないのだと。九条はそれに動じることなく「烏丸先生不器用すぎ。」と応じ、話を続ける。金本の死に関しては証拠不十分で犯人は見つかっておらず、組織の人間と交友関係のあった者が疑われたが、ミヨコによると金本の暗証番号は機種変更をしてもずっと同じ番号だったという。その数字は「315515」、50音表でなぞって「うんこおやこ」だ。九条はネクタイが解けないように緩めながら、おそらく曽我部も暗証番号を知っており、自己防衛のためにスマホをチェックし、金本の弱みとなる情報を押さえていたであろうと話す。烏丸はここで、曽我部が警察に密告したことを悟り、壬生がそのことを知っているのかと問う。九条は「憶測の話はしない主義だ。」とネクタイを首から外しながら答える。「九条先生は誰の味方なのですか」と尋ねる烏丸に、ネクタイを渡しながら「依頼人。誰の味方でもない。」と言う。つづけて「私は依頼人を貴賎や善悪で選別しない。仕事を粛々とこなすだけ。法律の世話はするが、人生の面倒はみられない。」と語る。その背景には河口に浮かぶ金本の死体が描かれている。九条が弁護し、最も軽い判決を勝ち取った金本の、その後の面倒はみられないとでもいうように……。
感想
短いエピソードだったが、『九条の大罪』のストーリーの運びがよくわかる回であった。終了地点は裁判のあとの服役しているところなので、ウシジマくんの「洗脳くん」編のようにX年後……というものにはならないようだ。まぁ、もしその形をとると、今後の物語を展開するときに常に未来の軸を考えなければならず、それこそ最終章「ウシジマくん」編のようなストーリー運びをしていくとなったとき、その整合性をとるのが非常に困難であるから、安全な終結といえる。
さて、今回は1話の中に3つのエピソードがある。⑴服役する曽我部、⑵壬生に殺される金本、⑶そして顛末を語る九条と烏丸である。ひとつずつ見ていこう。
⑴服役する曽我部
曽我部の父が刺青を消したことは、金本親子によって捺された弱者の烙印を自らの意志で消去したという、記号的に大きな意味をもつ。長らく虐げられてきた曽我部親子は「うんこ人間」の刺青を入れられたことで、第三者的にもその弱者たる立場を確固たるものにした。刺青という目に見えるものがあって、それが彼らを強く規定していたのだ。九条と曽我部がはじめて会ったとき、うっかり袖をまくったときに刺青を隠そうとしたのもそのためかもしれない。
一方、これまでのエピソードから、曽我部の暮らしは弱者たる自己と強者たる金本との関係のもとに成立しており、そこから抜け出す困難さもみてとれる。ただ今回の判決で、曽我部は刑務所という、金本と隔絶された場に置かれたことによって、金本ありきの世界と距離をおくことができた。その間に心境の変化があったことは、服役前に薬師前から父の刺青の事実を聞いたときと、今回の序盤の表情の変化からうかがえる。
父は曽我部が非行に走ったことを、自らの弱さの責任と考えていた。これが妥当かどうかはともかく、父は痛みを耐え忍び、他者から刻まれた刺青、すなわち弱さの象徴を消すことで、あらたな自分へと生き直す決意をしたわけである。
それに加えて、曽我部は現在、金本という相対的強者が不在の場において、きわめてあいまいな存在としてその生を送っている。刑務所にいる今、曽我部は安全であり、金本に対する相対的弱者ではなくなっている。金本が不在の今、ここでもう一度自己を規定しなおす必要がでてくるのではないか。刑務所は規則正しく厳格なルーティンと、空白の時間の与えられる特異な空間である。そんな環境下で父のエピソードを反芻しながらこれまでの自分を省み、何かを決意できたのかもしれない。それが「刺青を消したいです」という訴えと、後半で九条が推理している、警察への密告につながったのではないか。判決の前に、父の刺青の件を聞いたときには多少心が動いたものの、薬師前の提案を「自分を守るために九条が動いてくれた」と退けている。曽我部は金本と常に接続されている日々のなかで、同様の決意をすることはできない。それについては九条もいうように「曽我部さんが金本と縁を切るのは出所してからだ」と、報復のリスクを交えて説明をしているとおりである。
ただ、あとでも触れるように、曽我部は判決前の時点で、スマホを介して金本の弱みを握っている。この情報をいつ出すかというタイミングで、あえて現実社会と隔絶されることで、完全に守られた空間に等しい刑務所で密告するというのは、ひとつのテクニックだと感心してしまった。しかも、程なくして金本は殺害され、警察づての密告のため、反社会的な存在である壬生に勘づかれる可能性も極めて低い(ここで嵐山が裏社会と内通していたら、ということも考えられないではないが、その線はないことをいのろう)。曽我部がここまでの事態になることを想定していたとは到底思えない。逮捕前に「刑務所は絶対嫌だ」等考えていることから、薬師前の説得の時点ではほんとうに「刑務所は嫌だが、九条先生が自分を守ってくれてこうなるのだ」と考えていただろう。
おそらく、父のことがなければ九条の助言通り、出所後の密告になったことだろう。拒否していた刑務所という特異な環境に半ば不可抗力的に投げ込まれたことで金本との相対的な関係が一旦解消され、さらに父のエピソードを反芻するなかで、弱者と強者の二項対立の世界からの脱却をはかろうとしたのではないか。刺青を消すことによって、曽我部は金本に規定された自己ではなく、自らにおいて規定する自己となるのだ。受け身の生き方を続けてきた曽我部にとって、おそらくこの転換は大きい。そう考えると、薬師前があくせくと動き、曽我部に父のことを伝え、説得するシーンは曽我部が変化するにあたって重要な要素となっている。連載をリアルタイムで読んでいる時点では九条の、法に基づいたロジックに退けられるなんともやりきれない、エモーショナルなシーンであるが、ここまで計算してあのシーンが入っていることであろうし、さすがである。薬師前は今後も九条のロジックに対するエモーショナルな装置として機能することとなるのだろうなぁ。
さいごに、警察の嵐山は、いかにも京都っぽい名前だ。今回は大きな活躍はないが、まぁ、典型的な警察のイメージである。名前のボリューム感的に今後も出てくるであろうし、その人となりや九条との関わりなどがたのしみである。
⑵壬生に殺される金本
次に金本だ。のんきにガールズバーのことを話しているあたり、金本は元締めのヤクザ宅からコカインが押収されたことを知らない可能性が高い。初めての取り調べにビビっていた金本がこのことを耳にしていれば、もっと憔悴しているはずである。「ミヨコに勘づかれないように」というのも、金本を殺した証拠を残さないためにうまく呼び出したのだろう。シャッターを自ら閉めて隙を見せた金本を、壬生は殺害する。水死体となって発見された河口の水と同じもので窒息させているというから、はじめから殺害するつもりだったのだ。そして、金本が殺されたのは幹部が逮捕された当日、常人にはなし得ない思い切りのよさがある。そこにはおそらくヤクザの面子であるとか力を誇示するといった狙いがあるのだろうが、壬生がどのようなポジションにあるか等が今のところよくわかっていないので、これ以上あれこれ書けない。まぁなんというか、壬生から九条への弁護の依頼があり、九条も依頼人を貴賎や善悪で選別しないということなので、九条が悪徳弁護士と評されるのはなんともしかたない。それにしても、壬生の刺青に入った「EVERLASTING LOVE RICE CAKE」には驚いてしまった。直訳して「もち、ずっと大好き」には何かべつの意味があるのだろうか……。謎の多い男である。
そして金本のスマホの暗証番号「315535(うんこおやこ)」もなかなか病的なものを感じさせる。金本は壬生に逆らえないし、警察の取り調べにもびびっている。つまり、金本は絶対的な強者ではいられないのである。となると、何者かを弱者と規定し、相対的な強者である他ない。そこに白羽の矢が立ったのが曽我部親子だったわけだ。これまでのエピソードでは、曽我部が金本を必要としているようにみえた。しかし実際は、強者たるための用件として曽我部が必要だったのだ。
しかし、そういった規定をおこなわなければ強者であれないという事実それ自体がすでに弱者の発想であり、結果的に自らを(絶対的強者にたいする)弱者として規定してしまう、という結末に陥る。そのため今回の「弱者の一分」というタイトルは曽我部のみならず、金本のことも言及しているように読み取れた。
⑶顛末を語る九条と烏丸
もっとも気になったのは、九条が事の顛末を語っている途中に、烏丸が友人の披露宴のためネクタイを貸してほしいと割り込む。前後の文脈はまるっきり無視している。頭がよくてもわるくても、思いついたことを急にパッとしゃべってしまう人はいるが、烏丸もそういうところがあるのかもしれない。おまけに結び方がわからないというので、九条は結び目が解けないようにネクタイを外して烏丸に渡している。このシーンは見開き2ページにわたって描かれているので、単なる物の受け渡しでなく、何かを暗示しているシーンとみるべきだろう。では、一体何を暗示するのか?
同じ弁護士でありながら、九条は一般的な正義感や信条で動いておらず、どこか別のところに行動原理をもっている。それが「依頼人を貴賤や善悪で選別しない。仕事を粛々とこなすだけ。」「法律の世話はするが人生の面倒はみられない。」というせりふに表われている。烏丸にとってはそれが「だって九条先生、面白いから」(第5審より)ついていくという理屈になっている。つまり、烏丸にとって九条は、何かよくわからない新鮮な存在であり、そのエッセンスにふれてみたい、という、魅力的な謎にあふれた人なのである。初期のエピソードの終盤において、仕事の象徴であるネクタイを受け渡すという行為は、なにかそのエッセンスを分け合うことのメタファのように読み取れる。今後もこのようにして烏丸には九条のロジックや哲学というものが分け与えられるのではないか、と、そんなふうに解釈してみた。
それにしても、九条の行動原理は実にロジカルである。法の及ぶ範囲においては面倒をみるが、生きる面倒はみない。九条にとって、弁護士というしごとは依頼ー弁護ー判決という経過をもったひとつの点で、今後の人生に対してのあれこれ、という線ではないのだ。
読んでくださり、ありがとうございます。次のエピソードも楽しみです。当日に書ける要領をみにつけたいものです。
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