◆感想『九条の大罪』第52審「愚者の偶像」❸

今週のお話

店のバックヤードで吐き、倒れる数馬。どうやら結構な量の酒を飲んだようだ。同僚とおぼしき金髪の青年が数馬を案じて声をかける。

どうやら、数馬は時給制から歩合制に働き方を変えてもらったらしい。注文してもらったボトルと売上がその日の稼ぎになるらしい。同僚は「肝臓10個ないと死んじゃうぞ?」と身を案じる。そして、こうして働く中で太客(金払いのいい客)もできたそうで、名前をももよというらしい。カズマが恋愛リアリティー番組に出ていたころのファン、すなわち芸能界にいた頃からの数馬のファンだ。ももよは風俗で稼いで頑張る!とあるが、そこまで意気込んでいるふうにはみえない。帰り道、数馬は芸能をやっていた頃のファンを客で呼ばないというポリシーを変えたという。実際、数馬の太客は全員、動画系SNSで繋がっているファンだという。おそらく芸能界にいた頃から運用しているアカウントなのだろう。数馬は、「誰かの負担が誰かの利益になって世の中回っている。どこかでシビアにならないと負担を取らされっぱなしだ。」とウシジマくんのようなことを言う。そして、死ぬ気で今月100万を作って人生を変えると語るのだった。

帰宅した数馬は、2lの天然水に手を伸ばして勢いよく口内に注ぐ。そのせいか盛大にこぼれており、豹変した数馬にその分けを聞く。数馬はスマホを開き、「成功して千歌さんに認められたい。」という。同僚は、先日、千歌が小山と来ていた日のことを蒸し返す。あれ以降、LINEの返事がそっけないのだという。小山との関係を潔白だと信じたい数馬と、性的関係があるに決まっていると、千歌をこき下ろす同僚。その言い方は「公衆便所の便座の方がまだ使用感ないぜ。」と、なかなかのものだ。数馬は千歌を侮辱した同僚に凄み、追い出すのだった。

後日、数馬は頭を抱える。太客のももよが飛んだ(売掛金=ツケを払わず放棄した)のだ。店長は、客の管理不足は自己責任だといい、200万円の売掛金を立て替えて店に入れるよう指示する。すかさずももよに連絡し、売掛金を払うよう迫る数馬。ももよは整形費用で金はなくなったといい、ダウンタイムで風俗も休んでいると、取り付くしまもない。途方に暮れる数馬に、店長はオーナーである壬生に連絡を入れ、弁護士の紹介を依頼するのであった。事情を説明する数馬は、弁護士、脅し、暴力……なりふり構わず金を回収したいと訴える。壬生は、弁護士を入れても難しいという現実を伝えつつも、ちょうど電話中だったのだと九条に繋ぐ。九条としても、せいぜい内容証明を送るくらいで実質的な効果は薄く、逆に客側から依頼があった際には踏み倒せばいいと伝えている、と非情な現実を数馬にぶつける。打つ手のない数馬に対し、壬生は安く買って高く売るのが商売の基本だといい、「お前が売っているものはシャンパンじゃない。」と言う。不意をつかれた数馬に、壬生は続ける。

「原価と売値の大きな差額を埋める物語を売っているんだ。物語に納得したら客はいくらでも払う。

誰もが承認欲求沼にハマってる。誰にも愛されず人生は空虚だと感じているから疑似恋愛は金になる。」

と、水商売の真髄のようなことを伝え、「まだまだ絞り取れるぞ。」と助言する。そうして腹をくくった数馬は、ももよと寝た……のであろう。ももよは優しくなった数馬の虜になり、お金も無事手に入れることができた。そうして、数馬はようやく、100万を集めたのであった。

感想

芸能落ちの青年・数馬が、煌びやかな水商売の世界の真髄をみた一話であった。彼が「世の中金だ」という現実みたきっかけは、前話にあるよう、一年前に仲睦まじくあった千歌の存在である。当時から千歌は、東京の圧に押されているところがあった。そして、現在はギャラ飲みと小山との愛人契約で生計を立てている。そういう意味では、数馬より早く現実に直面していた、といえる。

そんな千歌を目の当たりにした数馬も、彼女と同じ轍を踏みつつある。妹とのエピソードを通して芸能界での成功を望んだものの、失敗して借金を背負い(前回も書いたけれどここのプロセスは気になるところだ)、勤務しているサパークラブで千歌と再会し、傷心する。これを通して「千歌に認められる」ためには金が必要だと悟る。実際、千歌に認められるのに金がいるのかどうかはわからないが、そこは壬生が前話で言っていた「金と影響力のある人間を崇拝しひざまずく、人から注目される最も簡単な方法が金持ちアピールなんだよ。」が効いてくる。芸能界での成功を前提に数馬はプロポーズをしており、金と影響力がすなわち「力」になることを、一年前の時点で無意識ながら感じてはいる。それがまさに直面化し、屈する他なかったのが、小山が強いたあの土下座なのだ。土下座という行為を通して、数馬は負けを認めざるを得ない。

数馬は、今でも一年前の関係を引きずって生きている様子が描かれており、これがサブタイトルである「愚者の偶像」だろう(もしかしたら複数の意味づけがあるのかなとも今のところ考えてはいる)。もともと偶像は宗教的なところが発端にあり、聖性を宿していることが多いだろう。数馬にとってそれは、一年前の千歌の姿なのだ。ゆえに今回、同僚とおぼしき青年が口汚く千歌を罵るのを、過剰に反応して追い出しているのではないか。結局、ここまでのエピソードからは、どうみても千歌は小山と性的関係を結んでおり、同僚とおぼしき金髪の青年がいうことが真実だろう。

後半の、売掛の分が飛ぶとか、ももよへの色恋営業に近いものは、ウシジマくん等でよくでてきていたと思うので深くはふれないが、とにかく、ここまでのところで数馬は自身のポリシーや、譲れなかった部分をおおいに譲歩、もはや価値観を「すてて」といってもいいかもしれないが、本気で壬生との約束を果たし、人生を変えようとしている。

一方で、壬生のオーナーとしての顔も今回は書かれている。最初のエピソードから数馬を目利きしている描写はあり、一体彼を何に利用しようとしているのか?壬生の描いている絵が気になるエピソードでもある。そしてほんのりと登場した九条と烏丸だが、今回扱う大きな部分は何になるのだろう?

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