◆平和な町

おととい、集合住宅の駐輪場で財布をばらまいた。口が下をむいておちていったおかげで、小銭があちこちにちらばる。どういうわけか、両替したてのタイミングである。硬いコンクリートにぶつかって、異なる旋律が弾けていった。ちゃりちゃり、ばらばら、きィん。。。例のごとく電車の時間に押されていたわたしはあわてて銭を拾い集め、アトリエへ向かった。

次の日、仕事から戻って自転車を停めようとしたとき、足元にきらめくものを見つけた。小銭が落ちている。落ちている場所からして、おとといわたしがばらまいたものとみてまちがいない。しっかりと見たつもりが、まだ、拾い終えていなかったのか……。あわてていると、視野がせばまるなァ。寒空の下手袋を外し、冷え切った硬貨をそっと財布におさめた。

その後、暖かい自室で思う。およそ一日と半分のあいだ、誰もこの小銭に気づかず、(仮に気づいていたとしても)拾わなかったのは、相当に運がよいのではないだろうか?わたしの住む町は繁華街であり、人が多く集まる。そのうえ、ちょっといかがわしい店の通りや、ギャンブルの場も多い。うっかりお金を落とそうものならまず、見つからないようなところだ。そんな町で、とはいえ繁華街から離れたところだけれど……、お金が一泊二日おなじところに留まっていたことに感動してしまった。よく無事であった。百と一円ぽっちだけれど、きゅうにこの小さなコインたちがいとおしくなった。そしてこの小さな集合住宅の住人たちも、すこしいいひとなのだろうと思った。どんなひとが住んでいるのかよくわからないけれど。

たいしたできごとでも大きな額でもないけれど、またこの町がすきになった。こういうことの積み重ねが、町の印象を形づくるのだろう。この町でもいやなことは山ほどあった気がするけれど、口をついて出るのはいいことばかりだ。それほどわたしにとっては、愛着の強い場所なのだと思う。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。他方でうまれ育った町はあんまりいいことを思い出せないです。

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