◆未完のことばたち

文章力を向上させたいと思い、毎日800-1000字を書くことに決めた。無事10日目を突破し、続けることの苦しみもない。しかし、やはり自分の文章はすきじゃないなあ、と思う。それは構成の問題かもしれないし、ことばの選び方かもしれないし、ことばをうまく使えていないのかもしれないし、その全てかもしれない。


「ほぼ日刊イトイ新聞」というウェブサイトがある。
ほぼ日刊イトイ新聞
MOTHERシリーズに大きく影響されて育ったわたしは、生みの親である糸井さんの更新するコラム「今日のダーリン」をまいにち読んでいる。糸井さんのことばは、洗練されているからこなれているし、そのときそのときの自分を描き出すのもじょうずだ。ものごとを見つめるまなざしもユニークで、読みやすくて、おもしろい。何を隠そう、この「おきてねむる」カテゴリを800-1000字にしたのは「今日のダーリン」がだいたい800字前後でまとまっているからだ。糸井さんの文章が糸井さんらしいように、自分は自分なりに「しっくりくる」文章を書きたい。
ときどき、ほぼ日の対談にも目を通すことがある。5月に展示を見た横尾忠則さんとの対談を見つけ、読んでみた。第三回に飛ぶが、ここでは「未完成」というテーマをもって二人は話を進めていく。
横尾忠則 アホになる修行の極意。「003:未完で生きて未完でものを作って、未完で死ねばいいんじゃないかな。」
対談を読み進めていけばいくほど、途上でもいいのだ、と思えた。この対談的にいえば、大切なのは「向上したい」という目的より「書きたい」という情熱と、ひたすらに「書いていく」ことだろう。そもそも「上手になりたい」というのは、根っこを探ってみれば「もっと書きたい」に由来していたことに気づく。「書きたい」に重なった欲が「うまくなりたい」だったのだ。

「よし、今日は完成したから寝るぞ」
なんてことは、あり得ないわけだからさ。
だからこそ、あくる日目が覚めて、
「よし、今日またやろう」
と言えるわけです。
そのくり返しだから、
完成なんてないんです。

(対談より引用)

一通り読み終えて、わたしのやることは同じだ。未完のことばたちを、静かに重ねていくだけである。

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