今年はやけにせみの死骸を見る。抜け殻ではなくて死骸だ。虫のおもかげを残し、眼球も内臓もそなえたせみである。
あまり大声で言うことではないが、わたしは虫の死骸がすきだ。そもそも虫がすきだというのもあるし、天を仰いで足を折っているあの姿がどうもエロティックである。そのあとで、ありたちが一所懸命に彼らを運ぶのも風情を感じる。
気になって調べてみたところ、世間では「せみの死骸が多い」のではなく「せみがほとんど鳴いていない」という見方をしているようだった。なるほど夏にこもっていることの多い人間に、外で鳴くせみの数の多寡は知れぬ。軽く理由も検索してみたが「地震の前にせみが鳴くといわれている。」「蚊が35度以上だと活動がむずかしくなっていくように、せみも熱中症になっているのではないか。」「梅雨が短く、地面が柔らかくならなかったので土の中から幼虫が出てこられないのだろう。」といった意見が見られ、明確にこれだろうというものは見つけられなかった。素人目には、あと一押しされたらどれも本当らしく思えた。
それにしても空を仰いで死ぬというのは、なんだか英雄のようだ。地上に出て鳴ける期間が一週間ほどという儚さも手伝って、かめむしやかまきりよりその姿が美しくみえる。地上における短い命を生き抜き「我が生涯に一片の悔い無し」と言っているかのようだ。幼虫のうちはずっと土の中にこもっているから、太陽の光を恋しく感じるかもしれない。せみが死ぬのは太陽がもっともよくあたる夏の時期で、ここで命が尽きることも生涯の大半を土の中で過ごすせみへの、神によるはからいなのかもしれない。
みんみんと鳴きつらねる音が記事を書きながら聞こえてくる。そろそろ家を出る時間だ。この暑さのなか休まず鳴くせみに敬意を払いつつ、数日経ったころに腹を見せて絶命する姿を夢想する自分がいる。
コメント
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[…] 。電気を点けると朝にしてはいささか眩しく、なんともむずかゆい心地がする。 これまではせみだ台風だと、外のできごとを感じとっては書き物の足しにしていたが、冬に突入するとそ […]
[…] 、電池消費によって萎縮している様子は、わたしの内にあるなにかを強く刺激する。夏に書いたせみの話を見返しても、いきものが死ぬとか死にそうとかいうのは、どうもわたしの気を引 […]