ひとがどう思っているかは知らないけれど、わたしはたいへんネガティブで抱え込んだことはたいていよくない方にむかう。ときには他人の何気ないひとことの意図まで掘り下げてしまい、あらぬ方向に物事が展開してしまうこともある。わたしはこの現象が起こったあと「またトンネルを掘ってしまったな」と思う。しかもただのトンネルではなく、ひとを不調の闇(病み?)にいざなう「ねくらトンネル」である。
ここ一週間はしごとでどうも引っかかることがあって、このねくらトンネルを掘り進めてしまっていた。ひとりでそのことを考えていると、ぐんぐんトンネルは深くなっていく。相手の目が怖くて見られないし、なにかのまちがいで目が合ってしまえばすさまじい眼光で睨みつけているように感じてしまう。会話も「最適解」をさがしてぎこちなくなる。
先日上司と面談をしたときにその引っかかりについて話すと、思わぬ視点から回答がやってきた。いったんトンネルを掘る手はとまり、引っかかりの原因はわたしがすべて引き受けなくてもよいとか、むしろ取り組んでいることは大事なことだから続けたほうがいいとか、そういうことを言われた。ひとりだと他人に否定された事実だけが膨らみ、トンネルは深く人知れぬところまでつながる。今回は上司という案内人がトンネルの途中にぽっと現れ、人のいるほうに導いてくれたおかげで外に出ることができた。
「困ったことがあったら声をかけてね」ということばもいただいて、今回のトンネル堀りはおわった。たいへんなときは誰かに出口を手引きしてもらわないと永遠に暗闇の中を進んで、もどってこられなくなる。こういうときは他人に相談して別の視点を呈示してもらうことが、いい薬になる。「ねくらトンネル」は今後とも掘り進めてしまう懸念があるが、今回の件で少しだけ心の荷がおりたような気がする。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。困ったときにすぐ声をかけられるかどうかが次の問題でしょうか。