「都会の人はよく歩くからね。」
友人にそう言われたことがある。田舎の人のほうがたくさん歩きそうなイメージがあったので正直ぴんとこなかったのだが、とりとめもない会話のワンシーンだったのでそれ以上深めることはせず「そうなんですか~。」と適当に流してしまった。生粋の東京人からしてみたら、東京は交通機関が発達しているし、たくさん歩いている実感はない。
しかし、あまり人のいない場所に旅行するようになって、だんだんその意味がわかってきた。昼間だというのに、車で走っていても地元の人がいない。若者が少ないのは頷けるが、散歩する高齢者すらいない。宮城の田園風景、北海道の無限に続く農場、群馬のさびれた温泉街、鹿児島中央から少しだけ離れた道、どこもそうだった。
実際地方に住むともだちに聞いてみると、どうやら車の存在が大きいらしい。「車を一人一台なんて、余るでしょ。」と思っていたのだが、すでにそれが「田舎に住んだことのない都会人の発想」らしい。彼らにとって車は、比喩でなくほんとうに「足」だという。へんな話だが、たしかに都会に集まるひとたちは、そうでないひとよりもきれいな足をしているかもしれない。わたしは向こう側から来る人と目が合うのがこわいので、下を見て歩きがちである。そうすると、ついつい人の足を見てしまう。いろいろなところに行ったが、なかでも福岡天神はすごい。福岡は女性のほうが多い場所なので他所より顕著だったのかもしれないけれど、それでも「足の太さが○cm以上の人は入場禁止」になっているかと錯覚するくらい、みな足がきれいだった。たぶん街を歩くひとの中で、わたしの足が一番太かった。
「足」としての車が幅を利かせているために、ほんとうの足で歩く人達を見かけない、というのは非常にわかりやすい。それにしても技術の進歩によって、自然の景色はそのままで人だけが捨象された風景ができあがるのは、なんだかふしぎなものである。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。旅行者としては新鮮な風景ですが、ちょっとゴーストタウンのようにも見えるときがあります。