ほぼ日手帳に日々の記録を書いている。創作のこと、体調のこと、考えたことなど、ぜんぶだ。外付けの脳みそといってもいい。

ほぼ日手帳と出会い、めでたく3年目をむかえた。この前も書いたが、3という数字には注意が必要だ。スマートフォンの機種変更のときだったか、3というのはこれまでのことを振り返り、考え直すタイミングにさしかかっている。思えばしごとも来年度で3年目だ。きっといろいろなことを考え直すタイミングがやってくるのだろう。

平穏に3年目を迎えた「ほぼ日手帳」だが、最近気になることがある。情報が多いのだ。まいにちの明言欄もそうだし(ためになるときもある)、後半についているグラフや書き留めておきたいことばの欄や、やりたいことをリストのようなものも不要だ。まったく使わない。使わない付録部分を日々持ちあるくことに、疑問を感じ始めた。思い切って不要な部分を破ってしまってもいいかもしれない。

というわけで、最初と最後の付録を早速切った。

月間の予定はGoogleカレンダーで管理することにして、ちょうどいいあんばいになった。手帳に書いても忘れるのだから、手帳より身近なスマートフォンのホーム画面にあったほうがいいだろう。

しかし切ったあとでこうも思う。切る手間があるのなら、来年以降はもっとシンプルなものでいいのではないか。手帳のためにわたしがいるのではなく、わたしのために手帳がある。

現代人なので、すぐGoogle検索に頼る。シンプルな手帳をいろいろと見てみる。むむ、なかなかいろいろあるな。わたしはあまり予定の入る方ではないから、月間のカレンダーすら不要かもしれない。手帳に求めているのは最初に書いたように「 創作のこと、体調のこと、考えたこと」の記録で、予定ではない。

今年のほぼ日手帳は半年ごとの分冊版なので、6月いっぱいまでこれで試し、よさそうなら後半もこれでいく。そして、2020年には、よりシンプルなものを探そうと思う。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。大は小を兼ねるということわざがありますが、情報過多で混乱するわたしとしては、そうそう兼ねるケースはないような気がします。