浴槽に浸かるのがすきだ。夏でもシャワー浴はしない。どうやら湯に浸かる時間というものを、わたしはだいぶ気に入っているようだ。手順を紹介しよう。

  1. 浴槽の6割程度、ぬるめの温度で湯を張る。
  2. 全身を洗い、浴槽に浸かる。
  3. 太ももから足の指にかけてマッサージをする(こわばっているときは首肩も)。
  4. からだが湯になじんだところで、1,2℃高い温度で追い焚きをする。
  5. 「茹だったな」と感じた頃に手すりを使いながら慎重に出る。

まずだいじなのは、はじめから熱い温度で湯を張らないことだ。にんげんの体温はだいたい36℃前後なので、なじみやすいように37,8℃で張る。我が家はどういうわけか給湯温度の下限が37℃なので、36℃で張ることができない。

体温に近い温度でからだをほぐしたら、温度を上げて追い焚きをする。ときに3,4℃高い温度でやることもある。追い焚きをしていると、浴槽という鍋の中でじぶんが具材になったような心地がする。嵩が減り、灰汁が抜け、しなやかになっていく。ここではからだとあたまの両方、だ。

同時に、じぶんが殺菌されているような感じもしてくる。ここで毎朝飲んでいる牛乳の殺菌を思い出すと100℃で2秒とか65℃で30分とか、平然と書いてある。40℃前後で10分のわたしからすればおそろしい数字であり、それくらいしないと生乳は殺菌できないのだと、身をもって教えられる。

あたまの緊張がほぐれてくるとふだん考えつかないようなことや忘れてしまっているようなことがふと浮かんできて、じつはこれがだいじだ。日頃イレギュラーに弱いわたしが唯一とっぴょうしもない発想を受け入れられる時間、それがこの大鍋の中にいるときなのだ。何をかくそう、この追い焚きエッセイは入浴中に出てきた発想をふくらませて書いている。

ただ、この入浴法には唯一欠点があって、かなりの確率で寝落ちしてしまう。布団は無人の冷たい状態から徐々にひとのからだを包んで暖かくなり、ひとをねむりの世界へいざなう。おそらくこれと同じことをしているために、ねむってしまうのだろう。ときおり心配した同居人が様子を見にくることがあって、だいたい鍋のなかでくたくたとまどろんだ状態で発見されている。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。浴槽の壁にはリビングの人間を「呼出す」ボタンがあって、これで寝落ちをふせげないか画策しておりますが結局同居人の駆けつける方が早く、いまのところ功を奏しておりません……。