首と肩がひまさえあれば痛い。動かせば無尽蔵にぽきぽきと音が鳴り、ひとにびっくりされる。いっぽうで、ふしぎと腰は痛くならない。

一説によると腰痛の原因はストレス、とくに怒りの感情だという。怒りは腰にたまり、痛みとして発現するという。

小さいころから「キミは怒らないね」と言われ続けてきた。親の高圧的な叱責に無意味さを感じていたのもあるだろうし、そもそも怒るのにはかなりのエネルギーが必要なので、やると疲れてしまう。怒りに回す元気があるなら文章とかゲームとか料理とか、たのしいことで使い切りたい。

そしてなにより、怒った・怒られた経験の中でお互いがいい思いをした経験がない。怒りをうまくコントロールし、じょうずに怒る人というのをわたしは知らない。だいいち、感情をコントロールできるひとの多くは冷静だ。怒りという感情を、持っていたとしても顕在化させない。アンガーマネジメントに「怒りの感情は6秒待つ」という教えがある。じっさい意識してみると、だいたいそれくらいで波はおさまる。

そんなことだから、このごろは怒るような事態がなくなってきてしまった。元気がなくなってきているからか、年を取るごとに減っている気がする。電車を降りる前にひとが乗り込んでくる場面、レジ待ちで横入りされる場面、ゲームセンターで連コインされる場面……日常のなかには怒りの種がたくさんある。わたしは聖人君子ではないので、居合わせた瞬間は「むっ」とする。しかし、考えてみれば損をするのはわたしではなく、相手なのだ。ささいな焦りや欲がそういった行動を生み出し、周囲に負の感情を植え付けてしまう。他者にたいする想像力の欠如そのもの、それ自体が哀れなことのように思う。こんなことを考えていると10秒くらい経っているので、怒りどころかむしろ「いろいろなにんげんがいるものだなぁ」という感心フェーズに突入している。

ということで、ぜんぶがぜんぶそうとは言い切れないけれど、わたしの場合は「腰痛怒り由来説」があながち間違ってもいないような気がする。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。とかいいつつ先週「パキッ」と腰が鳴りましたから、怒っているのかしら、どこかで。