■何もない、それがいい【モノ編】

前回のモノ編。以前からいっているように「(以前よりは)何もない、それがいい」である。

頭の方が情報過多になると、視界に入る情報を減らしたくなるのだろうか、生活が一気にめんどうくさくなった。たとえば服を買うということをひとつとっても「なんか同じシャツ5枚買って毎日着た方が楽だな」と思い始める。冷蔵庫も豆腐とヨーグルトだらけである(これはもとからか)。もう10年以上前だろうか、ミニマリズムが流行したときに、その潔さに感銘を受けたことがあった。そこからしばらくモノを絞る生活をしてみたのだが、それはそれで不便さや絞る理由が当初より薄らぎ、(たぶん)平均的な独居生活の人間のそれに戻っている。

今、まあまあ物のある状態からまた、情報の取捨を楽にしたいと考えるようになっている。スティーブ・ジョブズはイノベーションに全力を注ぎたいというのでだいぶ生活面をミニマルにきわめていたことは有名な話だが、そこまでいかなくとも、たしかにそのきもちはわかる。

ここで難しいのは、何を残すか・服などを揃えるなら何を揃えるかといったことで、これを考えるのにも、もうれつなエネルギーがいる。選択をしないようにするためにはまず大きな選択を何回もしていく必要があるのである。行政書士的なしごとをしていくとなると、そこそこ堅めのファッションを選んでいくことになるが、それだけもつまらなくなってしまう自分の未来がみえるので、今のしごとと双方でそこそこいい感じで戦っていけるようなアイテムを見つけられるとよい。その出会いは、案外どうでもいいときに起こったりするので、あせらず街をふらつければと気楽だ。

読んでくださり、ありがとうございます。削ぎ落とすためには一度増やさないといけないなというのは、ものでも文章でも思うところでありますな。

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