アーケード用音楽ゲームである「ポップンミュージック」が今日でめでたく20周年を迎えた。ひとつのゲームがシリーズを継続させたまま20年続くというのは制作スタッフや予算等のパワーとファンの熱量の両輪あってこそで、なかなか為しえないことだと思う。志半ばで死んでしまった音ゲーのことを思うと、やはり20年という歴史は重い。いなくなった音ゲーたちのこと、時々でいいから……思い出してください(?)。
思えば従姉妹に連れられてショッピングセンター内のゲームセンターでポップンミュージックを教えてもらい、早15年。中学のクラスメートにオスローに引っ張られて立川のひとびとと出会った。バージョンは10くらいだったと思う。人生最初のターニングポイントはここにあったと、自信を持って言える。鬱屈とした学校生活と一線を画する世界、音ゲーをしているというだけで快く受け入れてくれる仲間があり、わたしの原型ができあがった。
ほどなくしてmixiを始め「女子高生でニエンテEXをクリアできる子がいるらしい。」とか「立川にピラミッドをフルコンしてるJK(死語)がいる。」とか、そういった噂でつながった人もいっぱいいた。バラスピオフや遠征等のオフ会があり、さらに輪は広がる。自身が思春期でたいへん不安定だったので周りに迷惑をかけたり、ときに危険なこともあったが、この頃が一番楽しくポップンをやっていたような気がする。
その後twitterに移行すると、徐々にポップンとのおつきあいは薄れていく。ポップンモチベが下がったのと、RAからはじめたDPが楽しくなってしまったのだ。しかしそこで、ポップンからはじまった人間関係が絶たれたわけではなかった。今でもおつきあいのある人はいて、飲んだり出かけたり当時のことを懐かしんだりと、いろいろである。
このゲームと、ゲームによってつながった人たちがあって今の自分が形成されている。いろいろあった音ゲー人生だが、まじめに学校に通い続けていたら自殺していたかもしれないと思うと、命の恩人といっても過言ではない。ほんとうにありがとうございます。上に年の離れた人たちは特に!誇張抜きに、親より保護者だった。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。いちばんすきな曲はなやみましたが、本格的に始めたシリーズかつポップンらしさのある曲ということで、モンゴルでしょうか。11のサントラはブックレットも曲順も凝っていて当時何周もしていたなぁ。