◆被害妄想の妄想

水曜の夕方ごろから、特定の人間に対する被害妄想が出ている。被害妄想というのは妄想でありながらなかなかのパワーを持っているようで、心中がざわつき、ざわつきを処理しきれずに叫びたい衝動にも駆られる。もちろん内容が内容なので不安が募り、そのひとへの不信感も増す。本当はすぐ相談したいことなのだが、やはりこういったことは相手を選ぶ。
今回はたまたまアトリエに行くタイミングだったので話せるひとがおり、そのことを相談してみた。その人はわたしの言い分をひととおり聞いて「そうなんだ。なんで被害妄想ってわかるの?」と逆に尋ねてきた。それを受けてわたしは「実際にその人や、その人の周りの人に聞いてみたときの反応を想像したときに「そんなことないよ。考えすぎだよ。」と言われそうだから。」と返した。
しかし自宅に帰ってから考えてみると、だんだん「なぜわたしは上記のことが被害妄想だとわかるのだろう?」ということのほうが疑問に思えてきた。あちらこちらに考えが及んだ結果「被害妄想だと思っていること自体がすでにひとつの妄想なのでは?」というところに着地した。事実関係は当人に聞かないとわからないからだ。それに、聞いたところでそれを素直に受け入れられるかもあやしい。
「なぜ」を問うてくれた相談相手にお礼をすると、その人は以下のように返した。以前も何かの話をしたときに、やりとりした内容だったと思う。
「おそらく世の中すべての人が、それぞれの妄想の中を生きているのではないだろうか。その妄想はやはり、その人によって作られたものだから……妄想は今の自分を映す鏡のようなもの、と捉えられるかもしれない。」
ひとは自分の認識したいようにしかものごとを認識できない。そこに妄想ということばを当てはめるセンスはなかなかのものだ。誰かにとって真実でも、別の誰かにとっては妄想かもしれない。そう考えると、認識というものはきわめて相対的だ。その相対性の中に、わたしの被害妄想とおぼしき事象も溶け込んでいる。そんな人々でいっぱいの社会ならば、ひとつの事象に対して誤解や食い違いがあることも、多様性が生まれることも何らふしぎではない。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。昨日は18時ごろから眠って起きてまた眠って……記憶が整頓されたのか、ちょっと気楽です。

コメント

  1. […] 午前中のバスに間に合ったので、いつぶりかわからない「一日アトリエ滞在」の日となった。 行きのバスではアトリエを主宰する先生に会えたので、話しながら過ごした。オランダには街の中にアトリエがあり、人々の垣根なく、本格的な芸術活動をしているらしい。「日本にもそういう場所が増えたらいいのに。」というと、沖縄の方にも先生の意志を引き継いだアトリエがあるという。見学したければできるらしい。遠いが、来年あたりに行けたらいいかもしれない……!暑いのが苦手な自分にとって、沖縄はいつごろが一番過ごしやすいのだろう……。 アトリエに着くと、専属スタッフの方に「御影さん!まだ午前だよ。」と冗談まじりに言われたので「だからこんな雨なんです。」と返した。 先生は外部に依頼された文章を作るというので、切り絵はしなさそうだった。手紙を書いてから自分の作品の続きをやって、その後で事務的な手伝いをすることにした。空いた席に向かう途中、このブログを教えた方に感想をもらった。「まだちょっとしか読めていないけれど、わかりやすく書かれていて、咀嚼しやすい。あと、顔を知っている人のブログをインターネットごしに見られるというのは、なんだか自分の家の中にその人がいるみたいな感じがする。」という。「ものごとをわかっているひとというのは、何かを人に伝えるとき、日々扱うことばで伝えることができる。」という大学時代の教授のことばを地盤に、わたしは文章を書いている。そのことを言うと「よくわかります。」と返ってきた。彼女はことばを受け取る力が大きいので、わたしの発展途上のことばをよく咀嚼してくれているのだと思うけれど、すなおに評価してくれたことはとてもうれしかった。「顔を知っている人の~」については、あまりわたしは考えたことのないトピックだったので、新鮮だった。言われてみれば、たしかにそうかもしれない。知っている人のブログと知らない人のブログでは、その感じ方も少し、異なってくる気がする。読書記録にも触れてくださり、読書録で触れた作者の別の本や、海外の詩人の生涯について書かれた本を教えてくれた。興味を惹かれたので、読んでみようと思う。ちょうど「ザ・ロード」も読み終わったところで、次の行き先が決まっていなかったのだった。教えてもらったのはこれと、詩人の方は書名を控えるのを忘れてしまった……来週改めて尋ねる。 そのあと、隣に座った方と視線恐怖の話をした。わたしは対面から来る人の目が怖くて、まっすぐ前を向いて歩けない。いつも、少しだけうつむいている。もうその方は視線恐怖を強く感じることがないそうだが、昔それをテーマに描いた絵を見せてくれた。絵の説明を受け、わたしの受け取った印象を伝え、写真におさめた。人によって視線の捉え方やその描き方が全然違うのだなぁと思わされた。そのあと父親に手紙を書いた。お互い会話が苦手なので、大事なことはいつも手紙だ。誰宛てにせよ、手紙の方が腰を据えて伝えられるので余裕をもてる。業務以外のメールの返信が遅いのもちゃんとことばを尽くしたいからだ。ときにはそのまま忘れてしまうこともあるけれど……。 昼休みは有志で食堂へ行った。ここのごはんはおいしいけれど多い。こどもサイズがほしいな~と思うが、精神科単科の病院なので実装はないだろうな。食べたあとはアトリエに戻り、久しぶりにいらした方と話した。なぜかこの日は視線恐怖の話をいろいろなひととした日で、未だ恐怖がある人(自分の経験や現状も話したのだが、とてもよくわかってくださった)、別にもともと気にならない人、もう大丈夫になったひとと、各方面の話を聞けたのでなんだかいい時間だった。わたしの調子も気遣ってくださり、ありがたかった。ちょうど降下中だったので尚更である。それにしても傍から見たら、まったくボランティアらしくない光景である。 午後の時間がはじまる。いつも来る時間はだいたいこの時間だ。午前中だけでいろいろな人と話せたので、午後から来るのはちょっと損しているような気がした。週に一日しか来られないのだから、その日しかできないことをしたほうが絶対にいい。先生からオランダのアトリエの資料を見せてもらい、そのあとで自分の絵を進めた。 合評。下描きに色を入れている最中だ。自己と他者の境界のあいまいさゆえに他人の視線に対して過剰なのだという分析と、それを表すにあたって、過剰に受け取りすぎる脳をむき出しに描いた。真ん中がわたしである。こんなに足は長くないし、きれいではないけれど、手癖だ。本番の紙にうつるときは、もうちょっと現実に即して描きたい。境界のあいまいさは、むき出しの脳以外にも座席の色との同化や、からだの色にも出ている。 じつはこれは中央線の電車の光景なのだけれど、ある方が何も言わずにそれをわかってくれて、とてもうれしかった。あまりに感動して言葉を失ってしまい「その感受性でとても合っています。」みたいな、エキサイト翻訳のような返答をかましてしまった。無言だったメンバーの方たちも、ぐっと作品を見てくださって、そのことだけでなんとなく受容されている感じがしてほっとした。職場ではとても、この作品は持っていけない。なんというかもうちょっと明るい感じの、平和な雰囲気が求められるような気がする。 そのあとは事務的な手伝いをしようと思ったのだけれど、メンバーの方にお誘いをもらったので帰ることにした。来週は絶対やるので、どうか出禁にしないでほしい……! 最近誘われるようになったアトリエ後の時間が、けっこうすきだったりする。アトリエはやはり、作品づくりが第一なのでなかなかこう、ゆっくり話すには時間が足りないのである。今日は四人で、いろいろなことを話した。「過去はもう過去になった時点で過去として止まっているのが気持ち悪い」という話がとても哲学的な感じがして、そのあと認識の話にも移って、おもしろかった。考えれば考えるほど答えはでないけれど、こういうトピックはわくわくしてしまう。 ほかにも印象的だったことはいくつかあって、まず「御影さんはボランティアで来始めたけど今は作品を出してもいるし、言ってしまえばメンバー的というか、あいまいな立ち位置で、結局はどうしたいのか。」という問いだった。たしかに、こういう問いを持つことはまったくもって自然だ。他のボランティアの人といえば、画家の方なら絵を見て感想を言ったり、相談されたらここを変えたらいいのではないかと助言しているし、アートセラピーの勉強をしている方は先生の書いた文章をワードに打ち出しているし、それぞれの立場で役割というか、そういうものがある。わたしは恥ずかしながら、回答に窮した。別にアトリエのスタッフになりたくて来ているのとは違うし、わたしにはなれない。アトリエという場の雰囲気がすきで作品を作るのも、みなさんと共に過ごすのも、先生の手伝いをするのも、雑務をして(最近できていないけれど!)アトリエの運営について知るのも、こういった居場所が増えていけばいいと思って勉強的に現場に飛び込んで観察しているのも、自分のことを知るのも、全部答えは「はい」だった。これを一言で「こういうことだ」と答えられないので、かいつまんでそのまま答えた。あまりにも、収集のつかない回答だった。明晰な方なので、納得していただけなかったような気もする。しかし、上のように答えないと「なんていうか全部です」という感じになり、ますますよくわからなくなってしまう。 話が進むにつれて、アトリエの中にわたしの存在が溶け込んできているらしいということを教えてくれた。昔から集団に溶け込むということに自信が持てず、職場は一年半いてあんまり馴染めた感じはしない。どこか外の人っぽい。アトリエですら二年弱経った今でも「よその人」のつもりでいたのだけれど、どうやらみなさんからすると「御影はアトリエに片足突っ込んでる」状態で「すでに仲間認定」されているらしい。その人いわく「来てくれるとなんとなく場が和む感じがする」という。「今はその過渡期にあるから、馴染めているかどうかの不安があるのは自然なことだと思います。」とも。作品についても「言わなくてもみんなわかっている気がする。」と言われた。ことばだけではないコミュニケーションはあの場所にはある。それはなんとなく感じ取っていたのだが、自分の作品に対してもそういったやりとりがありそうだ、というのは少し意外だった。わたしの自信のなさが認識を妨げていたのかもしれない。ほんとうにこれは損だと思うのだけれど、なかなかこれまで生きてきたやりかたを変えるのというのはむずかしいものだ。うーん……。 アトリエの居心地のよさについても話をした。「健常/障害」のステータスありきの世俗で自分たちを受け入れるアトリエのような場所はとてもありがたいという。わたしもそれに同意し「健常/障害というくくり自体が健常側からの一方的な暴力である。それではいつまで経っても現実は変わらず、変化していかなければいけない。」と話した。アトリエのような垣根のない姿勢こそ本来の「ダイバーシティ」を実現するような気がするのだけれど、大々的に謳われているダイバーシティの空虚さに暗澹とした思いをもつことがある。 話は戻り、それがあるからこそ「御影さんは遠くに引っ越すとか、そういうどうしようもないことが起きない限りは、来なくなることってない気がします。」と言われた。もっと来てほしいという話もいただいて感無量であるが、今すぐはなかなかむずかしい。もうちょっと何かあると実現できそうな気もするのだが、まだその「何か」がつかめていない。 というわけで一日いると盛りだくさんである。いい日だった。被害妄想のこともあったので、だいぶ救われた一日だった。 […]

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