なくす・忘れる等カードの管理ができないので、ポイントカードはできるだけ持たないようにしている。「今はアプリがあるよ。」と言われるが、アイコンがホーム画面を圧迫することに得も言われぬ不快感があり、気が進まない。わたしのホーム画面を見る人はたいがいその殺風景さに驚く。
そんな中でも唯一ポイントカードを作っている店があって、なんと「生活圏外にある豆腐屋」である。わたしがポイントカードを作るのは「他で買いたくなくなってしまうほど気に入ったとき」だけで、食べ物でいうなら右に出るものがいないほどおいしいところ、ということになる。つまりそこの豆腐屋は、生活圏外にあってもわざわざ行きたいくらいおいしい。
おいしい豆腐というのは、何も付けずに食べるのが一番である。咀嚼した瞬間に大豆の豊かな甘みが広がり「これぞ豆腐也。」と言わんばかりのいきおいがある。そういった豆腐はとうぜん他の料理にしてもおいしいし、豆の味が料理をぐっと底上げしてくれるので食卓の質も高まる。必要最低限の材料で作るので期限は短めだが、長く持たせようとする横着な心が防腐剤や凝固剤の注入を招いているのだと思う。
わたしは他の店で購買することによって、贔屓の店にお金を落とせない状況を極端に嫌う。気に入れば服も靴も食品も、そこでしか買いたくない。工場の大量生産品が幅を利かせてきた経緯もあり、街の豆腐屋がどんどん潰れることになったのは想像に難くない。わたしが物心ついたころ、豆腐屋というものは既に近所になかったからだ。家を出た今も生活圏内にはまともな豆腐屋がない。村上春樹がエッセイ集『村上朝日堂』で「おいしい豆腐を減らすような国家構造は本質的に歪んでいる」と書いていたけれど、ほんとうにそうだ。この逆風に負けず、殊勝な姿勢で豆腐づくりに励んでいる豆腐屋には頭が上がらないし、末永くお店を続けていただきたいと心から望む。それだからポイントカードは作るし、そこでしか買わないというわけである。それくらいの愛着がないと、絶対になくしてしまうから。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。お店は日野市高幡不動に本店をかまえる「豆腐処三河屋」というところです。創業した方が手書きでつくっている新聞にも味があり、やはり今の御時世に、豆腐屋で豆腐をつくることの大切さを説いていらっしゃいます。
余談ですが、青梅駅から車でちょっと走ったところにある「豆腐工房ゆう」というところの豆腐もおいしいです。ただそこはあまりにも遠すぎるので、青梅の方の人がいたらぜひ、ぜひ。あまり主張していませんが、豆腐がだいすきです。