余暇の日次と週次がみつかったところで、次は夜である。とにかくだらっとしやすい。それは当然、疲れているから起きやすいのはしかたない。ただ、やりたいことはある。
3月の半ばくらい、ちょうど、日次と週次の余暇がつかめるようになってきた頃から、夜なんとなくみてしまうYoutubeの時間が短くなった。なんだか「これ見たい」という気持ちがなくなってきたのである。大きなきっかけはないのだが……。まぁ、いいことなのかな、ということで、夜は夜で過ごし方を考え直してみた。
朝もそうなのだが、取り組む順序が結構大事で、ここが固まるとぐーっと動きやすくなる。順番を考えて組み立てるという、むだなメモリをとらなくなるのかもしれない。夜は帰宅時間にムラがあり、朝のように「起きて行動」が難しい。
なので、寝る時間から組んでいくことにした。家にいるときは食事→入浴→筋トレ→読書、音ゲーをして帰るとしたら、食事の前後に入る。余裕があれば、筋トレの後にこのような文章を書いたり、かんたんな日記を書いたりする。アラビア書道の練習もたまに、さしこむことがある。全部やるのは無理なので、下線イタリックにした活動はどれか1つできれば御の字である、と考える。本当は流れが決まっていた方がよいのだが……。
もうひとつ大切にしているのが、「1回でもいいからやる」と意識を下げることだ。夜は朝の想定とちがって疲れているので、たとえ好きなことだとしても「やりたくねえ」と思っていまうことがある。ダンベル1回でも上げる・1段落でもいいので本を読む、1クレだけ何らかの音ゲーをして帰る……とにかく1回やれば、なんだか続けたり、やっぱり1回でやめてみたりと、その日その日でいろいろではあるが、やってみれば動くものである。
そういうわけで、可処分時間もちょっとずつ、想像したような感じで過ごせるようになってきている。しごとを憎むわけではないが、余暇がしっかりすると、自分が自分らしくいられる時間が増えた感じがしてうれしい。
読んでくださり、ありがとうございます。足していくよりも引いていった方が生活はうまくいくのかもしれません。

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