■Youtubeの時間が減った

表題、念願の。どうしてそれができたか。それを書いていきたい。とてもうれしい。

ばくぜんとYoutube見るのやめられないなあと思っていた。どうしてだろうなーというところを突き詰めてもそこまで大きな理由はでてこない。テレビをつければ最後、見っぱなしの状態をくつろぎと解釈する高齢者と大差ない。

理由にアプローチして対処することには難しさがあり、というのも、本を読む方がすきだがYoutubeに時間をとられてしまっており、そこには「楽しいから優先される」という従来の法則が通りにくかった。その理由はひとつ思い当たっていて、あまりにも取り組むハードルが低すぎる。つければあとは受動でいい。ゲームをするとか本を読むとかいうのはなんだかんだ能動的なのだ。

次にとりくんだのは「もともと見る動画がラジオ感覚で聞いているだけでもおもしろいので、別のことをしながら過ごそう」であった。喋りの要素が大きいものを視聴することが多かったので、そこで翌日の準備や、ブログの記事を書き進めたり、筋トレをしたりなど、やりたかったり、やっておいた方がいいことにあてるようになった。これも悪くはない取り組みだったのだが、人間というものは、マルチタスクができるほど器用には作られておらず、だいたい聞いた内容は忘れているんだな、これが。まぁ、お笑い系が中心なのでそれでもよいのだが、全部がそれもなぁという思いがのこる。

そこで、「聞くことに集中したいやつはそれだけにする」ということにした。具体的にいうと、これはYoutubeではないのだが「ママタルトの地球ディッシュカバリー」という、文化人類学をゆるやかに視聴できるPodcastがあり、こちらの世界各国のお話とグルメはとてもおもしろく、書き留めたい内容がある。配信されるのが火曜なので、聞くときはこれだけに集中することに決めた。そうすると、ふしぎとそうでない曜日は別のことをし始め、夜は寝る前の読書をできる日が少しずつ、増えてきている。それと並行して、日常でチャンネル登録あんまりたくさんしたくないんだよねという話をした際パートナーから「アカウントわければ?」と言われ、おや、これは見ないようにしていくのにも役立つのでは?と即日行った次第であった(8/10ごろ)。だいたいだらだら見てしまうものは「ながら」が多いのとほぼお笑い系なので、いさぎよく分けた。

やはり、ひとつのことに集中している方が充実感もあるのか、自然とそれをやりはじめてからはいたずらにつけてザッピングというか、いたずらに動画を見にいかなくなったように思う。スマホ断ちするときのコツとしてもよく「自分がそれによって失っているものを知る」「本当にやりたいことに気づく」といったことがよく挙げられているが、後者に近い気づきがあったのかもしれない。

読んでくださり、ありがとうございます。たいがい更新の時間もわかってくるとルーティンとなり、それが考えるすきまをなくして人を動かすようになるので、定着させたくない習慣の場合はとてもよくない。

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