『死神』(著・田中慎弥)

かねてより関心のあった、田中慎弥さんの本をやっと読めた。本屋さんにいってもなかなか売っておらず、最新刊を買う。2024年。

あらすじとしては、すさんだといってさしつかえない家庭環境に育ち、学校にも光を見出せない主人公の死への願望の誕生にあわせて、他の人には見えない・聞こえないらしい「死神」があらわれる、という、いかにも厨二っぽい流れで始まる。作中のところどころに、思春期に抱いていた「自分は他の人とはちがう特別な存在なんだ」という虚像の描写や、その時期をへて「とるにたらない存在」である自分と家族との関係性やその変容が描かれるのだが、そこの書き込みの微細さとでもいうのか、繊細な部分がところどころに表れているな、と思った。死神とのつきあいかたも少しずつ変わっていき、主人公の気持ちのブレや思いも出会ったばかりの頃とは大きく違ったものとなる。

物語自体のダイナミズムもありつつ、時間の経過にともなって起こる出来事に対する主人公のまなざしとことばと共に進んでいく時間が、なぜかなつかしく感じるというか、知っている誰かの記憶を追体験しているというか、そんな気持ちになった。おそらく本作は、自身の半生を少しアレンジしたシナリオなのだが、そこに対する目線もドライというか、フラットで、いわゆる私小説的な感じがまったくなく、小説として切り取られている感覚で読めた。死神というフィクションとのやりとりや、現実世界に顔を出したシーンは一旦現実世界の時間が傍に置かれるので、そこも小説として、うまくバランシングされているのかもしれない。

もうれつに感動するとか、展開がおもしろい!という作品ではないが、著者のインタビューや対談でみるような、淡々とこの苦しい現実を生きのびつつも、ほんの少しの光とでもいうのか、を、見出しておられる感じが伝わってきた。生きていく、というこの複雑でシンプルなこと。それもこの、繊細な筆致と深い内省のたまものなのかな、と感じた。

読んでくださり、ありがとうございます。よみおわったのは9月なのですが、記事がたまっていて今になってしまいました。田中慎弥さんの生にたいする考え方や感触はなんとなく安心があり、他の作品も読んでみたいと思います。

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